川のほとりに誘われ 第ニ話
朝の占いが当たった試しはない。
自営業を営む両親の仕事が終わるのを待ちながら、一人空想に空想を重ね味気ない現実に色味をつけ風船のように膨らませながら幼少期は平穏で細やかながら温かい家庭で育ったと思う。
帰りが遅い日は机に夕食が置いてあって小さなテントのようなものが載せてあったのが懐かしい。
俺は一人っ子だったけれど、家のすぐ近くに両親のお店はあったし、近所の商店の人達はみんな顔見知りだったから寂しい思いをした事がなかった。
街を歩けばおじさんおばさん、お年寄りは大体友達だったな。学校に通い出すまでは割と活発で、大人たちの間を縫うようにそこら中を駆け巡っていた気がする。
店の裏には枯れた朝顔の鉢があって、食べた物の種をよく植えてみていた。育った覚えはない。
商店街には同い年くらいの子供がいくらかいてよく遊んだものだ。みんなでお店の屋上から小石を下に投げて靴屋のおじさんに怒られたこともあった。
そんな少しやんちゃな連中とも一緒に遊んで育った筈なのだが、なんだかんだ小波に揉まれながら変わり者で真面目な両親の背中を見て育ったせいか、大人達に囲まれて育ったせいか、気付けば大きな失敗や変化を避けるように石橋を渡る前に岩をも砕くハンマーでこれでもかと叩きまくって石橋を崩して平な道を作ってから先に進むような癖がつけていた。
いけない。目の前の現実が耐え難い程面倒な香りを漂わせているものだからつい我が人生を振り返ってしまった。走馬灯の如く。
水を買い戻った俺は急足で道の端に座らせた酔いどれヘッドホンの女性に手渡し隣に座り、やれやれ平日の仕事終わり、まだ日が落ち切る前から、何が楽しくてこんな酔っ払いの世話をしなければならないのかとおもい一息つく。
「少し飲み過ぎですよ。こんな平日の夜更け前に。」そう言いながら俺はその場を離れようと立った時、目に映った水を飲み目を閉じている女性の表情は鼻筋が通り整っていて、酔っ払いでもなく黙っていたら天使にでも見えるのかなと思う様なものだった。気がしただけかもしれない。
「ありがとう、水、ありがとう、ございます。」と女性はまだ大分酔って呂律もあまり回らないのか何を言っているか少し聞き取りにくかったけれど、大丈夫そうだしこの場を離れても問題なさそうだから躊躇する事なく帰らせていただこう。
「どういたしまして、それではお気をつけて。」我が愛しの楽園へ急がなければ、また目まぐるしい日常がお目覚めになってしまう。見たい映画も待っている、撤退しよう。
冬の星が降り終わり春の陽気に包まれるこの大地では人の心が解き放たれ、時に縁(えにし)を繋ぎ、時に縁を断ち切る。
こういう季節は良くも悪くも浮き足立つものなのだろう。
はしゃぐ子供達、幸せそうな老夫婦、風を切り進む若者達、愛を育む家族や恋人達。鳥の囀りの中で微かにすすり泣く様な声が聞こえた気がした。
夕暮れに後ろ髪を引かれながら、月夜に包まれる孤独な部屋へ足を向ける。
喜びに溢れる声も怒りに狂う罵声も
哀しみに暮れた涙も楽しみに溺れる笑顔も
等しく闇に呑まれ静かに幕を下ろし
今宵もまた無意識の、そのまた奥へ。
水、足りたかな。
川のほとりに誘(いざな)われ 第二話 終