#055 習慣を変えたかったら、自分を甘やかせばいい。
やさかもです。今日の写真は、ベトナムで「ローカル島を自転車で巡ろうツアー」に参加したときの写真。ひとりのお客さんのペダルが異常に重くなり、ガイドが対応している間、他の参加者がうだうだ飽きてきている様子。
さて、今日のテーマは「習慣」。以前に書いた記事の続編。
大前提として、やさかもはとても怠惰な人間である。残念なことに、38年間の人生、ずーっとこの怠惰な自分に悩まされている。
そして30代前半のころのある日、気づいた(というより諦めた)。元の自分は変えられないのだ、と。何故なら、当時海外で活動するという絶好のチャンスを与えられていたのにも拘わらず、僕は日々を怠惰に過ごしていたからだ。つまり、環境を大きく変えても、自分の本質は何も変わらなかったのだ。こうなったら何か工夫をするしかないと思い、やさかもは習慣について考え始めた。
1.良習慣 or 悪習慣という2者択一
重要なのが、「やりたいこと」と「やるべきこと」はいつも反対という思い込みである。たとえば、
① 仕事からの帰宅途中、「やりたいこと」は外食すること。一方、「やるべき」ことは帰宅して自炊をすること。
② 帰宅後、「やりたいこと」はテレビをつけてソファでスマホ。「やるべきこと」は読書や家族との会話。
③ 休日に「やりたいこと」はダラダラYoutube、「やるべきこと」は運動。
やさかものように怠惰かつ真面目な人間は(!)、「悪い習慣」と「良い習慣」の二者択一になりがちである。しかし、「長きにわたって続ける」ことにフォーカスするのであれば、僕のような凡人には逃げ道を作って自分を甘やかす事が必要だという結論に至った。
きっとここまで読んでくれているあなたは、僕側の人間、つまり「世界怠惰協会」の会員だと思うのでこのまま読み進めていただきたい。
2.甘やかしルールを挙げよう
①外食か、自炊か。
面倒な要素を可能な限り定型化して省略し、その代わり「好きなだけ量を食べて良い」という甘やかしルールを設けている。
僕の食事は基本的に、煮炊き(鍋)、冷たいそば、カレーライスの3択しかない。基本の夕食は、煮炊き+ゆずぽん、週1回はカレーと決めていて、土日の朝昼兼用は冷たいお蕎麦と決めている。
基本、作るもので悩まないので買い物も早く終わる。もともと料理をするのは好きだが、他のことに時間を割きたいので、手間をかけないことにしている。このルールを適用してからは、僕はほぼ毎日自炊を継続することができるようになった。理由は単純。「早い、簡単、うまい」からだ。基本は鍋なので、野菜がたっぷりとれるし、脂質をとりすぎることもあり得ない。
3年前、大学院で修士論文の締め切りに追われていた時は、生協の宅配サービスを利用して買い物をする時間そのものを捨てた。普通、若者は使わないサービスだが、そんなプライドは無用。コストも割高だが、時間を買うという意味では非常に安かったと今でも思う。
もうひとつ、大事な甘やかしルールがある。帰りが遅くなった時や、気分がのらないときは、迷わず外食するということだ。上記のルールと矛盾するようだが、自炊が嫌いになってしまうことが「継続すること」にとっては最大のリスクである。しょうが焼き定食に生ビールをつけると1,200円を超えてくる。これだけで、十分やさかもは罪悪感を感じるので、翌日からはまた元の自炊習慣を取り戻す事ができる。
根性のない一般ピープルは、自分の「逃げ道」を塞いではならない。
そう、全てはトレードオフなのだ。何かを我慢するなら、何かを許さないと、しんどくなって結局続かなくなってしまう。
②ソファでテレビ・スマホか、読書か。
テレビ、持ってません。
これを断ち切りたい方は多いのではないかと察する。僕はテレビを8年前に手放したので、基本見れない。
ソファ、持ってません。
ソファもないので物理的にダラダラできない。その代わり、少し大きめの机と、ちょっといいオフィスチェアを購入した。これは、「ぼくはミニマリストになれない」という記事にも書いた。
これが大当たりだ。毎日机に向かう習慣が嫌でもできる。他に座るところがなければ、ヒトは自然に机に向かうのである。
そうは言っても、少しリラックスして小説を読んだり、Netflixを見たいときもある。そんな時は、キャンプ用のローチェアに座っている。個人的には、Helinox製(韓国メーカー)のチェアワンというシリーズがしっくりきている。軽くてコンパクトにたためるし、設営も非常に楽だ。安くはないし、同じ値段でニトリの2人掛けソファが買えてしまうが、敢えて習慣を優先してこちらを使っている。
収納の大きさにこだわらないのであれば、ホームセンターで900円くらい売っているキャンプチェアでもよいのだが、どうしても家具としては部屋に馴染まない上、畳んでも結構かさばるし重たいので、Helinoxを選択した。
スマホ、タブレット持ってます。残念ながら。
スマホに関してはどうしても仕事で使うのだが、メールチェック以外でそんなに長時間見つづけることはない。閲覧以外だと、Paypayで支払いをする時ことくらいだ。
問題は、iPad miniである。。。僕はこの魔法のようなデバイスに時間を奪われている。僕がiPadを使う理由は、電子書籍アプリや新聞の電子版を読むからである。しかしここで問題が発生する。Kindleを開こうと思ったのに、あーら思議。指が勝手にSNSやAmazonへ寄り道するという怪奇現象が起こる。SNSを閲覧しだしたら最後。平気で1時間は経ってしまう。
実はここは、対策検討中なのであるが、今のところこんなルールで運用している。
・電子書籍を読む時は、Wi-Fiをオフる。これだけで読書には集中できる。
・電子新聞やNewsPicks →好きなだけ読んでよし。
・ヤフーニュース →原則禁止。芸能ネタをついついタップしてしまうから。スマートニュースも原則開かない。
・SNSに関しては、スクリーンタイムの制限機能を使用して、1日1時間としている。ただし、発信に関しては制限なし。ヤバいのは閲覧だ。
・LINEの優先度を低く設定。かつ、プライベートと仕事のアカウントはきっちり分ける。原則として、仕事の関係者とはLINEを交換しない。連絡はEメールに一本化する。「SNSはあまり見てないけど、Eメールの返事はそっこー返しますよ」というイメージを周囲に持たせることが大事。
読書とアウトプット
読書習慣は元々あるのだが、アウトプットとインプットの比を7:3にするというのが2020年やさかもの目標である。きのう職場で「やさかも、読書会を企画します!」とうっかり宣言してしまった。言ってしまった以上、やるしかない。ということで、来週は僕があるビジネス書を要約して、上司や同僚と議論することになるであろう。周囲に宣言してしまうことは、自分を追い込むのに一番有効らしい。
新聞はインプットというより「ながめる」イメージ
新聞に関しては、海外駐在の時はしばらく読んでいなかったが、帰国を機に再開した。ここも、うんとハードルを下げている。
朝目覚めたら起き上がる前にiPad miniでトップ記事と、地域経済面だけさっと5分間ながめるというルール。わからない言葉があっても、いちいち調べない。まったく読まないよりはマシというレベル感で継続したい。新聞紙が読まれずに溜まっていく罪悪感も感じないので、新聞アプリはありがたい。
注意点はスマホレイアウトではなく、新聞そのままのレイアウトで読むこと(設定により選べる)。スマホレイアウトだと、好きな記事だけしか目に飛び込んでこないので、新聞を読む意味がなくなってしまう。だから、僕にiPadが必要なのだ(と、言い聞かせている)。
③家でダラダラか、運動か。
②で述べた通り、座るところがオフィスチェアかキャンプチェアの2択である上、ラグも敷いていないので必然的にダラダラしにくい。
運動に関しては、去年出場したハーフマラソンを最後に、ぱたりとジョギングしなくなってしまっていた。今回の帰国を機にまた運動習慣を取り戻すため、ハードルをうんと下げたところ、週に2回のペースで継続できているのでシェアしたい。
その1:ルートは地下鉄沿線上を走ること。
東京なら皇居などを走るランナーが多いのだろうが、このご時世3密は厳に慎まなければならない。一方、周回コースではなく、街中フリーランをすると何が起こるか。
帰り道がダルい。
行きはよいよい、帰りはダルい。なので、帰りは地下鉄で帰宅してよい、とルールを決めた。もちろん、天気が悪いときは絶対に走らない、暑い時間帯を避ける、などは継続のために必須。
その2:立ち止まってもよい。中止してもよい。
①の自炊習慣と矛盾するようだが、お腹が空いたら外食(今ならテイクアウト購入)はオッケーとしている。しんどくなったり、体のどこかに痛みが出たら、その時も即終了。こんなに甘いルール設定をしても、走り出してしまえば脳内麻薬が出てきて「もう少し頑張ってみようか」という気持ちに変化するのでお勧めである。やはり、初動と後始末のハードルを下げ、帰宅したら冷えたビールをプシュっとやればよい。
その3:イヤホンをしない
音楽を聞きながら走るのをやめた。イヤホンをすると、開始のハードルが上がってしまう。スマホをセットしてイヤホンをつけて・・・とやっているうちに何だか面倒くさくなってくる。それに、外部の音が聞こえない状態で走るのは安全上よろしくない。走っている時間は「無の時間」または「思考の時間」と捉えて、インプットを遮断するというのもひとつの手だ。
このルールで運用した結果、週2回以上、30分以上は走れるようになった。
3.良い習慣を続けるためのとっておきの方法
ずばり、職場の同僚に、理想的な自分の習慣を、さもやっているかのように語るである。
人は誰でも承認欲求を持っており、頑張ったことについては報酬がほしい。気持ち良いのは他者からの誉め言葉だ。
運動習慣のことを話題に出すと、「走っているなんてすごいねー。」などとい言われると、さらに頑張ろうって気にもなるのでこれを利用しない手はない。SNSで宣言するという方法もあるが、監視の目がないのでいくらでもごまかせてしまう。そこで編み出したのが、職場の人に理想の習慣を語ることである。
運動習慣の話題をしれっと出したときに、「僕は週に○○回、〇〇kmくらい走るようにしています」などと言ってみる。ここで重要なのは、仮に先週サボってしまって1回も走らなかったとしても、継続したい理想の習慣をあたかも継続しているかのように話すことだ。多少盛ってもよい。
そうするとこんなことが起こる。同僚が「先週末はどこ走ったの?」とか、「うちの旦那も走っているんだけど、○○公園のジョギングコースが走りやすいって言ってたよ!」など、僕が運動を継続している前提で話を振ってくれるようになる。ここで生まれるのが、現実とのギャップ、つまりは
罪悪感だ。
人間の心理として、コトバにしたことと現実にギャップがあると、それを埋めにいこうとする習性があるので、自然と継続することができる。
4.まとめ
残念なことに、僕はここまでしないと良い習慣は継続できないらしい。IT社長ユーチューバーのまこなり社長も語っているが、自分の意思で継続しようなどと思ってはいけない。
意思や根性論を捨て、やらざるを得ない仕組みづくりにリソースを割いた方がいい。”水は低きに流れ、人は易きに流れる”のである。自分は怠惰であると認めることから、工夫はスタートするのである。最終兵器は、「他人と約束」してしまうこと、これに尽きる。
この記事を書くのを先延ばしにしているうちに、3か月もかかったことを、最後に告白しておこう。
世界怠惰協会会長@やさかも
55日目 おわり。