『破邪の門~HAJAーNOーMON』マーシャルバトル!☆ツルギの闘い 第2話
ツルギが最初の回し蹴りを躱してから一連の攻防を終えるまでは瞬く間の出来事だった。おそらく2秒か3秒の間だっただろう。
驚くことに、ツルギはミツルの手を掴んだまま片をつけたのだ。
ぐえッ! とカエルを踏み潰したような声を洩らし最初に攻撃してきた男は、そのまま膝を抱え身体を丸めて倒れ込んだ。もう戦闘能力は残っていない。これで1人片付けた。残りはあと6人。
目の前の出来事をまだ信じられないという顔で、あっけにとられて見ていた仲間たちは、リーダーらしき男の怒号で我に返る。
「何をぐずぐずしてるッ」その声に、腰のベルトに装着した警棒を取り出すと、シャッと一振りして無言で間合いを詰めてきた。
「こいつ、思ったよりやるじゃないか」
「油断するな」男たちの表情から笑いが消えた。その表情にはもう余裕は見られず、心なしか青ざめている。
包囲された目の前では、男が背中を丸め倒されたまま悶えている。逃れるならそこしかない。瞬時に判断したツルギは、苦しそうに呻き声をあげている男の脇を抜けるルートで逃げ出すことに決めた。
「それには、もう1人潰さなきゃ」そう決意し、囲みの突破口を突き破るためにミツルの手を引き、後方にも気を配る。包囲した敵を睨み回しながら、逃げると決めた方向の敵に向かい右半身の構えで、じりじりと間合いを詰めていく。そのときである。
「きゃッ! ツルギぃッ」悲鳴に振り返ると、ミツルの手を2人の男が掴みツルギから引き離そうとしていた。
「くそッ! ミツルを離せッ」すぐさまミツルの腕を左手で強く引っ張る。
「よしッ、離さないなら、これでも喰らえッ」と引っ張る反動を利用して腕を掴んだ男たちに飛び蹴りを喰らわす。高く跳ばずに水平に低い二段蹴りの前蹴り2発が、ガッガッと男たちの鳩尾に食い込む。たまらず掴んだミツルの手を離し、前屈みで蹲る。
「離さなきゃ、こうなるんだッ」引き寄せて肩を抱き「大丈夫か」と声をかけミツルの手を掴み、四方に油断なく目を配り突破口を探す。
「何をしているッ! さっさと片付けろ」そう押し殺した声で叱責するリーダーの男。苛立ちと怒りで表情を歪ませるが、ツルギの格闘能力が侮れない腕前だったことを目にして飛びかかれず、遠巻きにしたままだ。
残り4人だ、と思ったのも束の間。二段蹴りで倒した敵がよろよろ立ち上がって身構えた。また6人。
「もうちょい強烈な蹴りにしとけば」ツルギは手加減したことを悔やむ。
リーダー以外の男たちは手に警棒を持ち、包囲を狭めてくる。
「くそッ、警棒が厄介だ。このまま闘うとミツルがケガをする」何かいい方法はないかと必死で考えるが、良案は浮かばない。
「やっぱ、もう一人倒して囲みを突破するしか、ない」
そう覚悟を決めてミツルの手を1回強く握り合図を送る。ミツルも1回だけ強く握り返す。合図了解の二人だけの暗黙の会話だ。
「よしッ! いくぞミツルッ」小声で伝える。
ミツルの手を強く引き、突破する右側の敵を狙う。右腰を敵に向けた体勢で右足の後ろから左足を交差して前に出す、寄せ足という運歩法でスルスルッと踏み込む。
慌てて身構えた男が、警棒を振り下ろす寸前速歩の寄せ足で数歩踏み込み、横蹴りで右の足刀蹴りをズバンッと蹴り込んだ。ツルギの強烈な足刀蹴りを腹部にドスンッと喰らった瞬間、その威力で後方に蹴り飛ばされた。
蹴り込んですぐに蹴り足を引き戻し、落ちた警棒を素早く拾う。シャッと一振りして感触を確かめて
「これで鬼に金棒だッ」ミツルを引っ張り動き出す。
ツルギが得意なのは短棒術だ。長さを2尺(約61㎝)で切り落した楕円口径の樫棒を操る短棒術が得意だった。だから警棒はお手の物である。
他にも、同じ楕円口径で長さ3尺8寸(約115㎝)の乳切り木杖を操るのが如水流棒術だ。
ツルギは沖縄拳法空手を修行している。ツルギの名は東郷ツルギ。東郷家に伝わる示現流剣術と棒術も得意である。だがその術技の修行は一族に託された密命に関わっていた。立志の儀式を終えるまでは闘い厳禁である。
だが、こんな危険に遭遇するとは。短棒を携行せず手ぶらの外出だ。まさかこんな危機に巻き込まれるとは、予想もしなかった。
闘いは避けたいが、そうも言っておれない状況だ。ミツルを護るために繰り出す技で男たちの包囲網を突破するしかない。
植栽を抜けて走り出した二人は、後ろを振り返る余裕もない。追いかけてくる数人の足音と息づかいが、すぐ後ろに迫る。
「とりあえず築山の向こうに回り込み、散歩道まで出よう」そう判断したツルギは、敷地内をくねくねと蛇行している散歩道を目指して走る。
逃げながら頃合いの枝を警棒で撓ませて、すぐ後ろに迫ってきた敵にその枝を叩きつける。
「うわッ」枝の反動で顔を叩かれた男の足が止まる。
築山に登って近道した敵が駆け下りてくる。その臑を蹴り払う。
「ぐえッ」斜面を駆けおりてきた勢いのまま転がっていく。
かろうじて包囲網を突破して広大な敷地の植栽と樹木やベンチを楯に逃げ回る。病院の散歩道から道路に近づき脱出する機会を窺った。
植栽と樹木が邪魔になり追いつけず、一気に捕まえられずに追いかける様子はまるで鬼ごっこだ。そんな手こずる状況に敵も焦りだす。
だが二人も道路まで逃げるのに植栽と樹木が邪魔なのだ。なんとか道路に出ようとしたが活路になるルートの向こうに、敵がいた。
もう少しで逃げ出せたのに待ち伏せされたのだ。追ってきた敵と待ち伏せの敵に前後を挟まれてしまった。
進路を塞がれたが、ツルギは前後の敵との間合いを測る。
後ろ手にミツルをかばい後ずさりする。待ち伏せの男たちに近づき、そこを突破して道路に逃れるしかないと、覚悟を決めた。
だが、まさに万事休す。逃げ口を塞ぎ待ち受ける敵2人と、じりじりと近づいてくる背後の仲間たち。さっき蹴り飛ばした男がふらふらした足取りでやってくる。その1人が加わると、後ろは4人。
もはやこれまでか。諦めるしかない状況だ。
急にツルギが全身の力を抜くと、ふうぅ~ッと大きなため息をつく。
「ミツル、もうダメだ。”のぞみ乗り換え”だ」
「うん、わかった、”のぞみ乗り換え”ね」二人が交わす会話の意味もわからず、首をかしげたリーダーの男が
「さぁ、おとなしくこっちへ来い」という。
その声にしぶしぶ頷くと
「わかったよ」そう言って、二人は手を繋いだままゆっくりと歩き始めた。
男たちの間に、ホッとした安堵感が生じた。その瞬間。
「行くよッ」大声で叫び身を翻すと、道路で待ち伏せしていた男2人に飛びかかる。右手に持った警棒をビュッビュッと左右に振り回し男たちの手首をガツンと打ち据えて、警棒を叩き落とす。
”のぞみ乗り換え”という合い言葉が、超特急で一気に全力で走り逃げ出すことだと気づいた時には、もう二人は脱出行動を起こした後だった。
「うわッ」
「なにしやがるッ」突然飛びかかられ不意を突かれた敵は、手首を打たれて警棒を取り落とし痛そうに顔を歪める。だがすぐに手首を押さえたまま突進して、ツルギに正面からの体当たりで組み付いてきた。
もう一人も横から腰にしがみつく。ツルギは慌てずに身体を大きく捻り腰を素早く揺り動かす。
揺すられて離すまいとする男たち。その後頭部に警棒を握った手で、強烈な鉄槌を叩き込む。男たちが、ずるずると崩れ落ちた。
崩れ落ちた男たちが道路に転がり気絶した。だが残りの仲間も道路に出て来た。
逃げようとミツルの手を引き走り出そうとしたが、道路に飛び出した1人が進路を塞ぐ。ツルギの頭を狙った警棒がビュンと風を切る。その打ち込みを左にサイドステップ。避けながら警棒を使った螺旋の手刀受けで横から弾き返す。
そのまま手首のスナップを効かせて下から振り抜くように、警棒で顔面をグシャッと強かに叩く。とどめが右半身の姿勢で素早く一歩踏み込む肩からの体当たり。ドスンッと突き飛ばされた男が、あっけなく吹っ飛んだ。
突き飛ばされた男が転がった時には、もう二人の姿はそこには無かった。
唖然とする他の仲間も、一瞬のことに反応が遅れている。
「何やってるッ! 追わないかッ」リーダーの男が怒鳴ったときには二人の姿は、もうずいぶん先を走っていた。
「ちッ」舌打ちした男が、ツルギたちを追う2人の男に「逃がすんじゃないぞ」と怒鳴るが、その声は男たちの耳に届いたのか。もはや無傷でいるのはリーダーの男と、追いかけた2人だけだった。
二人が逃げた方角を、悔しそうな表情で睨んでいたが
「起きろッ」道路に転がり呻いている3人の仲間を蹴り飛ばすと、病院の敷地に戻ろうとして、立ち止まる。地面の一点を見つめると、そのまま屈んで何かをつまみ上げる。
外灯の薄明かりの中で、つまみ上げたモノを目の前にかざし、しばらく見つめていた。
やがてふふふと、不気味に口元を歪めると、つまみ上げたモノをポケットにしまい、ゆっくりと病院裏の車へと戻って行った。
3人の男たちがツルギに痛めつけられた手首や顔面や、後頭部を気にしながら足を引きずって、よろよろと後を追う。
リーダーらしき男がポケットにしまったもの。それは囲みを破って逃げて行ったツルギの、制服ボタンだった。
まるで獣が狙った獲物を追い詰めるような、男の不気味さが気にかかる。
【第3話へ続く】
この記事をわざわざ読んでいただいたご縁に感謝します! これからもクリエーター活動にがんばります!サポートを心の支えとクリエーター活動に活かしますので、よろしかったら応援よろしくお願いします。