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円教寺で90年ぶり再会!斑鳩寺&鶴林寺で植髪太子公開!◆兵庫西⑦◆

磐座ぁ~!円教寺の四天王が90年ぶり再会してチーム釈迦三尊復活!!!「斑鳩寺」&「鶴林寺」で超レア「植髪太子立像」特別開扉!!

この旅行記の神社仏閣は写真中心です。神社仏閣の詳細はもうひとつのNOTE(https://note.com/yanma_travel)を参照ください。
見えない神社仏閣は2024年2月までに公開します。

▼ルート

▽1日目
書写山圓教寺(円教寺)&御座候→破磐神社&破磐神社われ岩→斑鳩寺→稗田神社→徳道上人堂→魚吹八幡神社→広畑天満宮→英賀神社→水尾神社/男山八幡宮/男山千姫天満宮→播磨国総社 射楯兵主神社→ホテル日航姫路

▽2日目
手柄山中央公園→姫路市立水族館→亀山本徳寺→松原八幡神社→湊神社→天満神社(大塩天満宮)→加茂神社→鶴林寺→上高地あずさ珈琲→泊神社→称名寺→春日神社→光念寺→粟津天満神社(加古川えびす)


▽2023年09月02日(土):

#書写山圓教寺 (円教寺)

 今回の目的の1つである秘仏公開の詳細は次のNOTE参照。

 神社仏閣の詳細は次のNOTE参照です。

#御座候 書写山麓店

 その前に、御座候のCafeっぽいところでランチ&御座候頂いた。モノレールより奥に行くとある。駐車場も完備です。

 御座候バーを家で食したのだが、ここにはレモン味があった・・。

#破磐神社 :姫路市西脇1598 #われ岩 :姫路市西脇

神倉神社、出雲大神宮などの巨大磐座好きにはオススメの神社!「はばんじんじゃ」と読む、磐座信仰の場所!!祭神は「息長帯日売命(神功皇后)」「帯中津日子命(仲哀天皇)」「品陀和気命(応神天皇)」と八幡神系とスサノオ。神功皇后が放った矢の一本が当たったという「われ岩」が御神体として祀られている。破磐神社の御神体である「われ岩」は、破磐神社から南西に1.8キロメートル離れた場所にある。破磐神社から歩くと徒歩約30分近くかかるよう。

 われ岩は破磐神社にはない。神社から車で5〜10分くらいの山の麓にある。現地までの道はやや狭いローカルチックな場所だが、「破磐神社起源のわれ岩 ここから80m」と書かれた目印があり、迷うことなく到着出来たが、GoogleMapで事前確認を!


私のNOTEは次の通り。


#斑鳩寺 :兵庫県揖保郡太子町鵤709 #稗田神社 :兵庫県揖保郡太子町鵤926

法隆寺は別名「斑鳩寺」!なぜここに聖徳太子の足跡が!?秦氏とかいう人もいそうだが・・。
本物の髪かどうかはわからないが、ロン毛のレア仏像「植髪太子像」を持つ「斑鳩寺」は、「稗田神社」の下社がある。

 先に「稗田神社」です。駐車場はないので境内に進んでください。

次に斑鳩寺です。今回の目的の1つである秘仏公開の詳細は次のNOTE参照。

 写真を貼り付けておきます。


 本尊は中尊「釈迦如来坐像@重文」で、左に「如意輪観音坐像@重文」、右に「薬師如来坐像@重文」となっており、鎌倉時代のもの。鎌倉時代だが、法隆寺と繋がりを感じる仏像群である。
 如意輪観音は鎌倉時代になると腕は6本が主流だが2本である。また、薬師如来坐像は法隆寺のアルカイックスマイルを継承している。そう、奈良と京都にある平安時代の仏像の特徴を残しているところが見どころだ!!

 横から見ると奥に法隆寺の夢殿、京都・六角堂を彷彿とする形の聖徳殿(奥殿)があり、ここにレア仏像でロン毛の「植髪太子像」が安置されている。

 前述の稗田神社で記載したが、ここにお旅所がありました。神仏習合ですね。事前にわかっていたら聞いていたかと思います。京都には聖徳太子ゆかりの「広隆寺」があるのですが、元々は寺の中にあった神社は外に出ています。ここは残ったんですね。
※広隆寺の私のNOTEはこちら。広隆寺にも着せ替え聖徳太子像が安置されています。着せ替え仏像は伝香寺(私のNOTE)ですね。

私のNOTEは次の通り。

#魚吹八幡神社 :兵庫県姫路市網干区宮内193

  • 魚吹(うすき)の由来について、播磨国風土記には宇須伎津とし、海べりの砂堆積地であった

  • 725年、播磨大掾吉備朝距魚養が神域を営繕

  • 1156年-1158年、石清水八幡宮の別宮となる

  • 魚吹八幡神社は、地元で津の宮とも呼ばれ親しまれている

  • 社伝によると、神功皇后が魚吹津に泊まり一社を造営し、海神の玉依比売命(タマヨリヒメノミコト)を祀り敷島宮と号したという

  • 現在は干拓が進み海岸線は当時のはるか沖合に移動しているが、平安時代まではこの神社の辺りまでが海岸付近であった

  • 1576年、兵火で全焼

  • 1831年、再建

  • 秋の祭が特に有名で、十数基の檀尻が多くの見物人の中を宮入する姿は勇壮である。

私のNOTEは次の通り。

#広畑天満宮 :姫路市広畑区北野町2-3

  • 霊泉「御水が池」の畔にお祀りしていた境内末社広辻神社が最も古い社

  • 715年、境内末社広辻神社は既に鎮座していた

  • 901年、菅原道真が九州へ御西下の途中、高浜の汀に上陸せられ、爾来当地の人々は道真の御人格と御神格を深く敬仰

  • 中世、天満大神の御鎮座を仰ぎました

  • 幕末の頃、御水が池の半分を埋め立てて浄地を造り、旧来ささやかであった祠宇を改めて今の御社殿を造営

  • 司馬遼太郎の祖父・福田惣八の玉垣が本殿北側に、父・福田是定の玉垣が南鳥居をくぐった右手にある

私のNOTEは次の通り。

#英賀神社 :姫路市飾磨区英賀宮町2丁目70

「あがじんじゃ」と読む古社の祭神はこの土地の産土神であろう。祭神は夫婦神!お祭りも盛大のようだ。そして兵庫におおい「伊和大神」と関係している。

 伊和大神と聞くと「伊和神社」で祭神はオオクニヌシの別名「オオナムチ(オオクニヌシ)」である。兵庫には「伊和」ゆかりの神社が広範囲にある。あまり知られていないが一宮の伊和神社の御子息なので、ここも格式が高いのだろう。

私のNOTEは次の通り。

#水尾神社 #男山八幡宮 #男山千姫天満宮 :兵庫県姫路市山野井町1−3

水尾神社の境内に車を置ける。男山山麓に水尾神社があり、男山の中腹に「千姫天満宮」で、山頂に「男山八幡宮」があるので一気に書きます。男山山頂は公園になっていて、そこからの眺める姫路城が良い。
 ちなみに「水尾神社」は「みおじんじゃ」と読む。

  • 祭神は大己貴命、伊和大神といずれもオオクニヌシ

  • 姫路城下十三町の氏神社

  • 565年から伊和大神を祀ったそう

  • 786年、坂上田村麻呂が現在の播磨国総社へ遷して祀ったが、男山山麓周辺の民が男山に祠を建てて祀った

  • 1619年、姫路城城主・本多忠政が城をつくるときに、神守岡から岡大歳社をうつし、社殿を造営

  • 明治時代の神仏分離のときに、大年社歳徳大名神を水尾神社に改め、現在に至る

  • 水尾神社は播磨国総社の元宮といわれている

  • 末社は、市杵島姫社、荒神社、大将軍社、武大神です。


「男山千姫天満宮」です。

  • 1623年、徳川秀忠とお江の子・千姫によって建てられた

  • 千姫は徳川秀忠を父とし、淀君の妹に当たるお江を母

  • 1616年、本多忠刻のもとに嫁になり、翌年姫路城に入る

  • 千姫の化粧料十万石で西の丸を築き、姫路城はまさに白鷺城と呼ばれるに至った

  • 千姫は男女二子に恵まれ、姫路で過ごした十年は人生で最も幸せな時期であった

  • 千姫は天満大自在天神を信仰し、比叡山延暦寺第十三代座主法性坊尊意作の天神木像を守護神として城内に祀った

  • 1623年、男山に天満宮を建てこれを遷し、朝夕西の丸長局の廊下から遥拝した

  • 他に金泥法法華経、観音経、唐鏡、袖手見、羽子板、虎の爪、茶碗、帯などを寄進している

「男山八幡宮」です。

  • 1345年、国家の守護神としてその名も高い京都の石清水男山八幡宮より勧請された

  • 1469年、大改築

  • 1716年、榊原政邦は姫路城の守護神として新社殿を寄進建立した

私のNOTEは次の通り。

#ホテル日航姫路 #姫路城

【兵庫テロワール旅】2食付ディナーブッフェ■好きな物を好きなだけ“姫路の旬”を味わう地産地消メニュー。
【スタンダード‐ツイン:喫煙】
ふたりでお過ごしいただける最もスタンダードなお部屋。姫路の街並みを眺めながら、ゆっくりとおくつろぎいただけます。

■‐ご夕食‐■
姫路の郷土料理はじめ、パフォーマンスコーナーでの実演料理ほか“地産地消”にこだわった、できたてのお料理をたっぷりとご提供いたします。食の好みが分かれがちな「大人数や三世代でのお食事」にも最適!会話を楽しみながら“好きなものを、好きなだけ”お楽しみください。会場:ALL DAY DINING セリーナ
■‐ご朝食‐■
<ご案内>
・朝はのんびり派のお客様に♪【モーニングBOX】に振替可能(前日18時までの受付)
・朝食をランチに振替可能。※ご到着時にお申込頂き、翌日レストランに空席がある場合に限ります。


右の和菓子は円教寺でで買った万年杉のオマケで頂いたもの


 夕食はビュッフェ。種類は少ないが味は良かったです。ステーキは早めに並んで多めに頂いた。

 お腹いっぱいなので姫路駅のお土産店などブラブラ。

 姫路に泊まるが姫路城に行かない(笑)

 朝食です。昼いらんわ~という感じです。

▽2023年09月03日(日):

#手柄山中央公園 #姫路市立水族館

公式HP:https://www.city.himeji.lg.jp/aqua/



見たかったな~・・。

#亀山本徳寺 :姫路市亀山324

本堂は1870年代に京都・西本願寺北集会所を移築したもので、幕末、勤皇派と激闘を繰り広げた新撰組が屯所に使った建物がある。

私のNOTEは次の通り。

#松原八幡神社 #八正寺 :姫路市白浜町甲396

灘のけんか祭りの「松原八幡神社」があり、松原八幡神社に隣り合わせた場所に「八正寺」がある。秀吉の怒りをかい移動をされそうになったが、黒田官兵衛により留まる。


私のNOTEは次の通り。

#湊神社 :姫路市的形町的形1249

祭神はスサノオと大歳大神(オオトシノオオカミ)

  • 創建は不明

  • 321年から389年、神功皇后に関する伝承が多い

  • 363年、神功皇后が新羅遠征の途中、当社の現在地より250m東南の小島(当時は海中の島)に立てた的に向かって「射儀の式」を行ったので、村名を的形、神社名を湊と称するようになったと

  • その由緒により小島に八幡神社を建立

  • 八幡神社は、現在の陸の小山となり御旅所になっている

  • 平安時代の播磨国神明帳に「湊明神」と記されている

  • 室町時代末期に「大歳大明神」と改称したが、明治になって「湊神社」に改称した

  • 西播(せいばん、播磨国西部)の秋祭りは非常に盛大に執り行われる

  • 本殿左に境内社、右は金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)で祭神は大物主命、左は恵美酒神社(えびすじんじゃ)で祭神は事代主命と大国主命

  • 『万葉集』には、柿本人麻呂が「的方の 湊の渚鳥 波立てや 妻呼び立てて 辺に近づくも 的方の湊の洲にいる鳥は、波が立つであろうか、妻を呼ぶ声を立てて、岸に近づいて来る」とある

  • 1868年、大歳大明神から現社号に改称

  • 御祭神は、スサノオと息子・大歳大神になる

  • 2012年、142年ぶりとなる社殿の改修工事が行われ、瓦屋根から銅板一文字葺きに改修された

私のNOTEは次の通り。

#加茂神社 :高砂市竜山1丁目19−37

平安初期の手水!お賽銭拒否!!石を拝殿内部に投げて💛に入ったら恋愛成就??恋色の小石は1粒持って帰って良いけどお礼巡りしたほうが良いのかも。

私のNOTEは次の通り。

#鶴林寺 #鶴林寺公園 :加古川市加古川町北在家419

 2019年ぶりの参拝かな。今回のお目当ては次のNOTEです。

私のNOTEは次の通り。



#上高地あずき珈琲

 大阪、兵庫、奈良にはあるが京都にはないので行きました。雷鳥の里を買ってしまう・・。

▼旅行記一覧

▼じゃらん(簡易版&ルート確認)



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