ナショナル・シアター・ライブ 好きな演目5選 ①
ナショナル・シアター・ライブは夢のソリューション
洋画が好き、お芝居が好き。だからこそ、悔しい思いをすることがある。
・推しの俳優が海外の舞台に出演するけれど、遠くて観に行けない
・人気すぎてチケットが取れない
・英語のお芝居を字幕なしで理解できる気がしない
そんな悔しい思いを消し去ってくれるかもしれないのが、ナショナル・シアター・ライブ。
公式ホームページで掲げる通り、ナショナル・シアター・ライブとは、イギリスのロイヤル・ナショナル・シアター演目を映画館で鑑賞できる企画だ。つまり……。
・推しの俳優が出演する海外の演目を、日本国内で観られる
・映画館のチケットさえ取れれば鑑賞できる
・日本語字幕付き
と、至れり尽くせり。なんて夢のようなソリューション。
好きな演目5選
私が初めてナショナル・シアター・ライブを観たのは2018年『ジュリアス・シーザー』だった。以来、2022年9月までの間に20作近くナショナル・シアター・ライブの鑑賞をしている。(これはそれほど多いとは言えない。全部の演目を観に行っているわけではないので……)
どの作品も毎回、舞台演出や作品の解釈、演者の力量に圧倒されワクワクしながら鑑賞している。今回は、今まで自分が鑑賞して来た演目の中から特に好きなものをご紹介したいと思う。
※演目のネタバレを避けるため、演出などについては曖昧な記載になる点、ご了承頂きたい。
1.ジュリアス・シーザー
前々からベン・ウィショー(ブルータス役)のファンだったので、彼の舞台での演技を見たい、という軽い気持ちで映画館へ行ったのが全ての始まりだった。
舞台冒頭の演出からして、「あれ? 私は何を観に来たんだ?」と思わせる驚きの内容。アリーナの立見席をローマ市民に見立てた演出にも度肝を抜かされた。「お芝居の中に自分が組み込まれても気にせず鑑賞していられるなんて、イギリスの観客はある意味で"舞台慣れ”しているなぁ」と思った。国が演劇に力を入れているが故かもしれない。
また、『ジュリアス・シーザー』はナショナル・シアターの演目あるある、“登場人物の性別が原作と違っている”が導入されている。上の画像左側は、原作では男性であるキャシアス。この演目では、女性のミシェル・フェアリーが演じている。
それでも違和感なく見られるのは、服装からわかる通り舞台が現代に近いアレンジをされているのはもちろん、この物語で語られるものが時代を問わず普遍的なものだからかもしれない。
原作とは異なる演出があっても、そこはもちろん『ジュリアス・シーザー』。シェイクスピア作品の中で名演説として知られるアントニーの演説はもちろん、かの有名な「ブルータス、お前もか」の台詞も聴ける。知ってはいるけれど実際耳にする機会は多くない場面だから、こうやって本場の演技で(スクリーン越しとは言え)体感できるのは、結構感慨深いものがある。
2.フランケンシュタイン
日本におけるナショナル・シアター・ライブは、2014年に本演目で幕を開ける。ちょうど、同年開催の第66回エミー賞にて、『SHERLOCK/シャーロック』が3部門(主演男優賞:ベネディクト・カンバーバッチ、助演男優賞:マーティン・フリーマン、脚本賞:スティーヴン・モファット)を受賞した頃とあって、日本でのカンバーバッチ人気がナショナル・シアター・ライブに一役買ったのは何となく推測できる。
さて、話を『フランケンシュタイン』に戻そう。
正直言ってびっくりする。ダニー・ボイルにアンダーワールド……? 布陣が強い、強すぎる。イギリスの才能をフルスロットルで突きつけて来る。(この布陣、1996年の映画『トレインスポッティング』や2012年のロンドン五輪開会式を思い出す人も多いだろう。)
誰もが知っている『フランケンシュタイン』も、ダニー・ボイルの手にかかると「なにこれ初めて見た……」とかなり新鮮な物語に見えて、本当に驚いてしまった。
特に目立つ取り組みは、本作の主役である怪物と博士の役を、ベネディクト・カンバーバッチとジョニー・リー・ミラーがそれぞれ演じる形式(それ故、カンバーバッチ博士役・怪物役の2種類がある)。
私は両方のパターン観た。冷静沈着・イケメン・天才役のイメージが強いカンバーバッチが、冒頭のびたんびたんシーンをやってのける姿には圧倒されたし、ジョニー・リー・ミラーの、「この博士なら怪物を物理で殴れるのでは」という熱量のある博士振りにも引き込まれた。両人のイメージで言うとカンバーバッチ博士&ミラー怪物がしっくり来るが、はっきり言ってどちらもいい。
同じ役者が真逆の役を演じることで、「怪物と博士が互いに互いの中に自分を見始め、二人揃って落ちて行く」という共依存関係のような妙な結びつきをより感じられて面白かった。迫力の演目、鑑賞した衝撃が体験として今も体に染みついている。
余談①
本演目は本国でもとても人気だったようで、アンソニー・ホロヴィッツの小説「メインテーマは殺人」の作中で“チケットを取るのに苦労した”という表記があった。
余談➁
私は本演目を履修した上でマーベル映画『ドクター・ストレンジ MoM』を鑑賞したので、終盤のストレンジ先生の様子を見て、「フランケンシュタインじゃん……」と思った。冷静沈着・イケメン・天才役のカンバーバッチしか知らなければ、さぞ驚いたと思う。
3.リーマン・トリロジー
あの証券会社リーマン・ブラザーズの創業一族の長い歴史を、“3人の男性”が“衣装を変えずに”、“透明な箱の中で演じ切る”というとんでもない演目。赤ん坊も女性も若者も高齢者も演じる彼らが、時に滑稽に見え、時に心を鷲掴みにする舞台で、私は「えらいモンを見てしまった」と心底思った。
興味はあるけれど金融に興味ないからちょっと……と倦厭している人がいらしたら、その点はお気になさらず。金融知識は全く要らない。『リーマン・トリロジー』で語られるのは、あくまでリーマン一家の栄枯盛衰と時代の移り変わりだ。
今でも覚えているのは、喪に服す期間が現代になればなるほど短くなっていくこと。栄光と衰退を知る彼ら一族も、本当なら“人”なのになあ……なんて時代の流れと共に切なさを覚えた。
劇中で使われる音楽は、演者がいる舞台のすぐそばで生演奏されるピアノがメイン。その臨場感が、金融現代史であるこのお話を切ない抒情詩として彩ってくれる。
サム・メンデスと言えば、映画『007 スカイフォール』や『1917』でお馴染みの演出家。舞台でもこんなにすごいとは……。足を向けて寝られない。
なお、『リーマン・トリロジー』の日本での上映権利は一旦2022年7月で終了とのこと。でも、これだけ人気の演目だし、また権利が許諾されたらいいなあ……なんて思う。
4.フリーバッグ
ナショナル・シアター・ライブで上映される中では短い88分、そしてAmazonでドラマにもなった演目なので、ナショナル・シアター・ライブ初心者の方でも入りやすいのでは。
フィービー・ウォーラー=ブリッジの一人芝居、椅子に座る彼女だけが全てというシンプルな舞台に、日本人の多くは落語を思い出すと思う。主人公以外の登場人物は声だけの出演。椅子以外はなにもなく、彼女の部屋もカフェも全部想像で補うしかない。
しょうもない下ネタや皮肉に爆笑また爆笑。それでも、彼女の言動の端々に”孤独”や”痛み”や“焦燥感”が垣間見える。観る人の状況や気分によって、「馬鹿馬鹿しい女の独り言」にも思えるだろうし、「孤独な女の切実な独白」にも見えるだろう、いいお芝居。
私は、ドラマより先にナショナル・シアター・ライブでこの『フリーバッグ』に触れた。そのため、ドラマを鑑賞した時に「なんか周りのものが見えすぎるな……」と戸惑った記憶がある。
5.夏の夜の夢
ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』や映画『スター・ウォーズ』でお馴染みの俳優、グェンドリン・クリスティーがヒポリタ/ティターニア役で出演した演目。
シェイクスピアの喜劇を観たのは初めてで、こんなに面白いのか! と声を上げて笑ってしまった(もちろん、演出や演技によるところもあると思うけれど)。
『ジュリアス・シーザー』と同じニコラス・ハイトナーによる演出で、本演目も観客参加型。『ジュリアス・シーザー』では観客はローマ市民だったけれど、本作の場合は森の木々に見立てられていたのが興味深い。空中ブランコのような演出(エアリアルと言うらしい。シルク・ドゥ・ソレイユなんかで見覚えがある方も多いだろう)も、以下の写真の通り観客のすぐそばで披露される。
夜の森の月明かり、きらきら光る妖精たち、意味ありげな寝台、入り混じる若者たちの恋、演劇チームのハチャメチャ……。美しさとおかしみが交差する演目で、「お気に召さなかったら、全部夢だったということにして」の一言に尽きるお芝居。鑑賞後、本当に夢からさめたような心地になった。
ちなみに私は、この演目に出演しているオリバー・クリスが好きだ。
妖精王オーベロンとして登場した彼は、とにかく手足が長く見目がいい。オリバー・クリスが、その恵まれた体躯をフル活用して演じるコメディは最高に笑える。自分の持ちうる全てを遺憾なく発揮し、惜しみなく舞台上の演技に反映してくれる俳優が、私はとても大好きだ。なにせ、コメディを面白く演じられる俳優の力量は本物だと思うから。
5つに絞るのは無謀だった
おかしいな……。本当に、5つに絞るはずだったのに……。まだまだ好きな演目があるので、続きはまた次回。
次回は好きな演目とあわせて、ナショナル・シアター・ライブと普通の映画の違いなんかも書き残せたらいいなと思っている。
※追記:関連エッセイ公開中!
※お芝居が見られるものではありませんが、ナショナル・シアターの歴史を振り返るドキュメンタリー作品は販売されているようです。(出演:アンドリュー・スコット、マギー・スミス、レイフ・ファインズ、ジュディ・デンチ、ベネディクト・カンバーバッチ等)
noteにログイン中の方はもちろん、ログインしていなくてもこの記事に「スキ(♡)」を送れます。「スキ」を押して頂くと、あなたにおすすめの音楽が表示されますので、お気軽にクリックしてみて下さいね。
矢向の他の映画感想文はこちら。
舞台感想文はこちら。
許可なくコンテンツまたはその一部を転載することを禁じます。(オリジナル版、翻訳版共に)
Reproducing all or any part of the contents is prohibited without the author's permission. (Both original ed. and translated ed.)
© 2022 Aki Yamukai