ナショナル・シアター・ライブ 好きな演目5選 ➁
前回の「ナショナル・シアター・ライブ 好きな演目5選 ①」からだいぶ時間が経ったが、私が好きな演目ピックアップを続けたいと思う。
ナショナル・シアター・ライブの概要については、こちらの記事をご参照頂きたい。
また、初めてナショナル・シアター・ライブを映画館で鑑賞する方向けのこんな記事もある。舞台を映画館で観るってどういうこと? という場合のお役に立てればとても嬉しい。
それでは早速、好きな演目のご紹介を。
※なお、最後に紹介する『善き人』については、結末付近の演出のネタバレを含む。直前で改めて注意喚起するので、そちらご了承頂きたい。
一人の男と二人の主人
CBSのトークバラエティ番組『The Late Late Show with James Corden』のMCや映画『ピーターラビット』への声の出演、映画『キャッツ』のバストファー・ジョーンズ役などでお馴染み、ジェイムズ・コーデンが主演を務めるコメディ作品。
私は彼を、『The Late Late Show』の人気コーナー『Carpool Karaoke』(人気ミュージシャンと一緒にドライブしながら、車内でトークやカラオケをするコーナー。アデルやフィーファイターズなど有名なミュージシャンの素の表情と歌唱力が楽しめる。)がきっかけで知った。
ナショナル・シアター・ライブはちょっと重たい演目が多いから……と尻込みしている人にこそ見て欲しい、思わず笑ってしまう愉快な演目。観客いじりにメタ発言、ステージに立っているだけで何かしてくれるんじゃないかと期待させる雰囲気があるジェイムズ・コーデン。こんなに笑えるナショナル・シアター・ライブ、『フリーバッグ』とツートップなのでは? (※私個人の感想。)
また、本作には主人公フランシスの主人の一人役でオリヴァー・クリスが出演している。彼についてはこちらの記事内『夏の夜の夢』にて触れた。
彼の、“品よく見える見目の良さが故に笑えちゃう”という役割が本当にぴったりで、大好きなジェイムズ・コーデンとの絡みが見られたのも楽しかった。
笑えるナショナル・シアター・ライブとして推したい作品だ。
夜中に犬に起こった奇妙な事件
小説が原作のこちらの演目は、日本では森田剛主演で上演されていたとか。そちらのバージョンでご覧になった方も多いのでは。
現代が舞台、主人公が数学大好きという設定もあり、ナショナル・シアター・ライブの中でも珍しいデジタルな演出が大変多く新鮮だった。その演出が、自閉症である主人公が世界を見た時にパニックになること、そして彼が大好きな数学に没頭する際の脳内を表現しているのが興味深い。眼前の情報の海に飲み込まれていく・情報の海を泳いでいくとは、こういう感覚なのかもしれない。
もちろん、人力での演出もたくさんあって、まるで無重力を漂うような静かな動きもあれば、ロンドンの地下鉄の雑踏を表現するのにも使われていた。現代劇がゆえに観客が景色を想像しやすいのも、本作が見やすい理由だろう。
犬の死から始まる、一人の少年の人生の渦。それをハラハラしながら見守り、最後まで目が離せない。
十二夜
ナショナル・シアター・ライブのお家芸、“古典作品の現代風アレンジ”や“登場人物の性別転換”が楽しめる作品。かつ、コミカルさもあれば人生の無常ぶりも味わえる、極めてシェイクスピアらしい喜劇でもある。(ただ、性別転換してしまったことでややキャラクターの表現がわかりにくくなってしまったと思うところもあるので、パンフレットや原作などで確認して補填が必要かもしれない。)
『十二夜』はシリアスとコメディのバランスがよい。比較的登場人物が多く、関係図が入り組んでいるのに把握がしやすいのも魅力だ。そして、色んな愛の形を楽しめるので、どこかしらの話題に関心が持てる。更に、“男装主人公”といった今時のライトノベルみたいな設定もあるので、日頃「古典は難しそうだから……」と苦手意識を抱いている人にもおすすめだ。
また、本作にも私が推しているオリヴァー・クリスが出ている。彼の役回りは、“高貴で堅物で本人は真面目にやっているのに、それ故滑稽”というところなので、私が大喜びしたのは言うまでもない。
戦火の馬
スティーヴン・スピルバーグ監督が感動し映画化した作品。映画にはトム・ヒドルストンやベネディクト・カンバーバッチといった人気俳優が出演していることもあり、舞台よりも先に映画を知っている方が多いのでは(私もそう)。
本作は、大きな馬のパペット(複数人で操作する、木で編まれたもの)と人間による演目だが、見ているうちに段々、馬がパペットであることを忘れてしまう。パペットの馬たちは当然呼吸しないし表情も変わらない。それなのに、馬の喜びや楽しさ、苦しみや死が痛いほどに伝わって来る。
私は日頃、あまり動物に接する機会がない。それでも、馬の愛らしい様子に心が和み、悲惨な状況には悲しみと怒りを覚え……とかなり心が揺り動かされた。動物が好きな方、特に馬が好きな方には強くお勧めしたい。
戦争という大きな暗い渦に飲まれ翻弄される馬と主人公の友情に胸が熱くなる作品。現在、世界はちっとも平和とは言えない状態だ。戦争で壊されるものは、建物や領地だけではない。戦争とは人や動物の心までかき乱され壊される卑劣な行為なんだと、改めて思い知らされる。
⚠️最後に紹介する『善き人』については、結末付近の演出のネタバレを含む。知りたくない人は閲覧しないように気を付けて欲しい⚠️
善き人 ※ネタバレあり
ドラマ『ドクター・フー』や『グッド・オーメンズ』、映画『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』やマーベルドラマ『ジェシカ・ジョーンズ』などの出演により、日本でも知名度が高いデヴィッド・テナント出演作。『グッド・オーメンズ』のシーズン2配信開始後というタイミングでの日本公開とあって、公開初日のチケットが完売した映画館、400席規模の大型スクリーンでの上映を決行した映画館が出る、更には劇場パンフレット完売など話題を呼んだ。
(このパンフレット、劇中の音楽や当時の状況などについてかなり詳しく解説してくれている。作品理解の手助けをしてくれたので、とてもおすすめ。)
本作は、デヴィッド・テナントきっかけでナショナル・シアター・ライブを初めて見に行ってみよう! と思った方にはかなりハードな、重たい話題の演目だったと思う。それは、先述の概要を見て頂ければ十分わかるだろう。
実際、内容を知らずに鑑賞しに来たらしいご婦人方が、物販の列でパンフレットを立ち読みしながら「こんな重たい話なの?!」と声を上げる場面に私は遭遇した。
わかるわかる、だって『グッド・オーメンズ』や『ドクター・フー』のデヴィッド・テナントは、どちらかと言えばコミカルな印象が強いもんな……。と思いながら、私もパンフレットを買うために列に並んでいた。
さてさて。この演目の特徴は2つある。
1つは、エリオット・リーヴィーとシャロン・スモールが複数の役を演じ分けること。年齢も性別も異なる複数人を演じ分けるのはナショナル・シアター・ライブ『リーマン・トリロジー』でも見られるが、本作ではこの演出が物語の残酷さを表現していたと思う。人の立場はその時々でころころ変わるし、同じ人の中にも様々な要素がある。そんなことを、まざまざと見せつけられる。
更に、その中でデヴィッド・テナントだけが最初から最後までハルダーを演じ続けるのも残酷だ。彼だけは、同一人物だったはずだ。実際、ハルダーの物の言い方や表情の作り方は、最初から最後まで変わらない。終始穏やかで知性ある人間としてふるまっている。傍目にわかりやすい狂い方をしていないのが、一番怖い。
そしてもう1つの特徴は、舞台の背景がほとんどの間同じ灰色の箱の中であることや、小道具をほとんど使わないシンプルな設計。先述の通り、数役を演じ分ける演者であっても衣装は変わらないし、お茶や酒を飲む場面ではSEで音が流れるだけで小道具としてのカップやグラスは出て来ない。小道具として登場するものは、手紙や本などかなり限られる。
(下の映像は、数少ない小道具が使われている場面。かつ、シャロン・スモールが男性軍人役を演じている場面でもある。)
それ故、まざまざと見せつけられる。例えば、燃やされるために床に転がる本の山が、本を燃やす炎が。そして、ヘルダーがアウシュビッツにナチス党員として向かう際に着替えるナチスの軍服が。
彼が着替え始めた際、茶色いシャツを着ていた時点で嫌な予感はしていた。それが、黒いネクタイや長いブーツを履いた頃に確信した。そして最後にヘルダーは、ナチスのあの忌々しいマークが入った腕章を付けた軍服を纏った。
最悪だ。最悪だった。物語の概要を知っていれば、こうなることは予測できたはずなのに。(多分意図的だと思うが、)私が知る限り『善き人』の販促においてデヴィッド・テナントの軍服姿は登場して来なかった。だから油断していた。デヴィッド・テナントの顔をしたヘルダーがナチスに変わってしまったことを、こんな風に見せ付けられるなんて。
彼が向かったアウシュビッツで、やせ細った囚人たちが奏でるシューベルト『軍人行進曲』があまりに美しいのも残酷だった。私は泣いてしまいそうだったが、ヘルダーは何を思ったのだろう。
これまで散々、カメラ目線で語る演出が多かったヘルダーだが、この時は私たちに背を向けている。彼は一体、どんな顔をして囚人たちの音色を聴いていたのか。歓迎されたと喜んだのか、それとも。
それにしても、カーテンコールでデヴィッド・テナントがナチスの軍服を脱いで登場してくれたのは幸いだった。「たとえ演者への賞賛の拍手であれ、ナチスの軍服に拍手を浴びさせることは決してない」という、制作者側の強い意思を感じた。
こういった、「ナチスを決して美しく描かない・賞賛させない」といった立場は、同じくナチスによる収容所を描いた映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』でも見られる。あの映画を最後まで見た時の感動に似たものが、『善き人』にも確かにあった。
戦争への批判、過去の蛮行を繰り返さないための決意。私はあの戦争を体験していない。だからこそ、作品を通して私は戦争の残酷さや愚かしさ、生き抜いた人たちの心の行方に少しだけ触れる。
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ナショナル・シアター・ライブは、笑えるものから重たいものまで色んな演目でいっぱいだ。見たいもの、おすすめしたいものがたくさんある一方、「日本国内で日本語字幕付きで鑑賞出来る機会」というのはかなり限られている。
※その理由については、こちらの記事にて。
だからこそ、一期一会の気持ちで大事に作品を鑑賞したい。そして、こういう記事で少しでも多くの人に演目を知ってもらうことで、作品の人気が出て、再び日本のスクリーンで見られる機会が増えるきっかけになればいいなと思っている。
改めて、本記事の前半はこちら。
※お芝居が見られるものではありませんが、ナショナル・シアターの歴史を振り返るドキュメンタリー作品は販売されているようです。(出演:アンドリュー・スコット、マギー・スミス、レイフ・ファインズ、ジュディ・デンチ、ベネディクト・カンバーバッチ等)
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