村の少年探偵・隆 その8 妖怪
第1話 タヌキ県・徳島
狐狸。キツネとタヌキは昔から、あまり人間に信用されていない。人を化かす、とかの理由で警戒されてきたのである。
「狐狸妖怪の類」などと一緒くたにされるが、徳島では妖怪と言えばまずタヌキ。キツネとは格が違うのである。
確かにI地方では「自分は本当にキツネに化かされた」と証言する人もいることはいる。また、千足村の近くのY村には、多くの妖怪伝説が残る。やはり特徴的なのは、タヌキに化かされた話が多いことだ。
徳島の妖怪タヌキを代表するのが「金長狸」である。民話『阿波狸合戦』で主役を張った。
スタジオジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』は、徳島県民お馴染みの民話が元ネタになっている。実は、これは二匹目のドジョウを狙ったものと言えなくもない。
昔、倒産寸前の映画会社を救った作品があった。1939年(昭和14)に同名の映画が公開され、空前の大ヒットとなった。お陰で映画会社は経営を立て直した。
そのお礼に関係者が建立したのが県東端・小松島市にある金長神社、とされている。足を向けては寝られなかったのだろう。
第2話 湯治
もちろん、千足村にもタヌキはいた。キツネを目撃したという話はほとんど聞いたことがなかった。キツネはいても、肩身が狭かったと推測される。
山々が紅葉すると、村の気温は急速に低下する。村人は厚着して背中を丸め、足早に行き交う。
隆の父親は今日も権蔵爺さんと婆さんに出会った。手荷物を持っている。
「どこに行かれる?」
「湯治よ」
爺さんは胸を張って答えた。
(夫婦で湯治に行くくらいのゆとりができたんだ)
隆の父親は少し羨ましかった。
湯治と言えば、I川の中流にある天然温泉か、I川の支流にあるM川温泉くらいしかない。
「遠いところを、ご苦労なことやのう」
簡単に行ける距離ではなかった。
「いいや。千足にも温泉が湧いたんや」
夫婦は仲良く肩を並べて、山道を下りて行った。
第3話 岩盤浴
隆の父親は今日も権蔵夫婦に会った。
「精が出るのう」
「いいや。温泉に浸かって、後は岩盤浴しとるだけやからのう。まあ、食事も出るんで、遠くからの泊り客も多いわ」
隆の父親は、ニコニコして聞いている場合ではなかった。明らかに、お隣さんに異変が起きていた。それも、夫婦そろって。
夕食時に家族に話した。
「おかしなことを言うのう。ボケてきたんかなあ」
母親は信じられない様子だった。
隆は、洋一と従弟の修司を誘って、権蔵夫婦の後を付けた。
夫婦は千足谷に向かった。水車小屋で服を脱ぎ、タオルを手に、水たまりに座った。体に水をかけ、満足げに空を仰いでいる。
隆たちは見ているだけで、体が震えてきた。
やがて夫婦は水から出て、岩の上で甲羅干しを始めた。
「ほう、愛媛から来なさったか」
「それはそれは。どこにも悪い嫁はおるもんやなあ」
夫婦はそれぞれ勝手なことをしゃべっている。まるで誰かと世間話でもしているかのようだった。
第4話 お縄
洋一は小学校6年の時、父親を山の事故で亡くした。母親の富子は農協に働きに出て、洋一と妹の和子を養ってきた。
遅い夕食が始まった。洋一は権蔵爺さんたちのおかしな行動について、少しだけ話した。富子と和子は笑っていたが、富子は急に我に返った。
「そう言や、今日な、爺さん、農協からお金引き出したんや」
昼間の出来事だった。まとまった金だった。
「そんなに、何に使うん?」
富子は訊いた。
「いろいろと支払いがあってのう」
権蔵爺さんの応対はしっかりしていた。
隆は洋一からその話を聞き、首を傾げた。
「洋ちゃん。仮に、権蔵爺さんたちがタヌキに化かされとるとしても、金を引き出すのはおかしいで。まあ、とにかく正気に返らせるのが先やなあ」
隆と洋一、修司は長老を訪ねた。
「狐狸の災いを取り除く呪いはある。本気になって勉強するんなら教えるけんど、遊び半分な者には教えんで」
長老は不承不承ながら、実演してくれた。
土曜の登校時、通学班は背広姿の男とすれ違った。前日にも見かけた男だった。
権蔵夫婦が岩盤浴をしていると、最近入ったという番頭がやってきた。
「小杉様。月末なので……今月分の……お願いします。……で三万ほどになって……」
ちょうど、村の防災無線放送がかかって、番頭の話は聞き取れないところがあった。
「なんぞ、放送しとるぞ」
夫婦は耳を澄ませた。
「こちらは防災千足です。警察署からのお知らせです。最近、管内に特殊詐欺グループが出没しています。お金のからむ話には十分お気を付けください。ポンポコ、コンコン。ポンポコ、コンコン」
「怖い話やなあ、爺さん」
婆さんは眉をひそめた。
「なんで、爺さん、裸になっとるん? 何か着んと風邪ひくで」
「婆さんこそ、何か羽織らんと。素っ裸やないか」
番頭の姿はなかった。
富子の家に、兄の勲がバイクでやってきた。いつもよりスピードを出していた。
「警察はえらい騒ぎやったで。爺さんが大金引き出したことに疑問を抱いたとかで、富子に感謝状を出そうという話が持ち上がっとるで」
勲叔父さんは興奮していた。
まず富子が気づかなかったら、犯人はまんまと大金をせしめていただろう。
「隆たちも犯人の情報提供したので、表彰されるで。お手柄3中学生や」
叔父さんの言葉に、3人は思わず腰を上げかけた。
(無名の少年探偵団のままがいいか)
隆は2人を座らせた。
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