引き出さない。引っ張り出さない。伸ばさない。こどもの「伸び方」を邪魔しない~できれば雑草とともに~

久しぶりの参加団体のオンライン交流会
https://www.facebook.com/events/273565737134756/

オンライン講座や集まりがあっちこっちで開催されているので、逆に選び疲れてしまうかなというのもあり、いまの時期の開催はちょっと悩んだり。

なので、今回はちょっと趣向を変えたかたちとなりました。
いつもは参加者中心に対話するかたちとなり、運営スタッフはどちらかというと意見は言わずサブファシリ的な作業担当というか。
もちろん自己紹介とかはするのですが。場に合わせて黒子のように動く感じで、その日の参加者に合うかたちで発言したりするので、自分たちの意見を言うことが(交流会においては)あまりありません。

今回は会の前半で、配信ではないですが、運営スタッフのテーマに対する意見やディスカッションを先に行い、それを踏まえてブレイクアウトで好きに(文句でも(笑))対話してもらう、という不思議なかたちをとりました。

有名人(各業界の)のコラボトークならわかるのですが、裏方なので、「意見を闘わせる」とかそういう勢いではなくて、あくまで団体の姿勢みたいなものを明確化したくて、という意図もあった気がします。

同じ不登校、ホームスクール、ペアレントトレーニング、多様な学びなど、の言葉を使っていても、見ているものがそれぞれ違う、ってことをここ数年で理解してきて、ここではこういうスタンスの考えで、こういうことしていきたいと考えてますよ!っていうのをオブラート無しに素直に表現する機会としたかったところがあると思います。

今日は、教育関係の方、当事者家庭の方、スタッフと交流会としてはほどよい人数で、今後の学びについて意見交換できる機会となりました。

これからの学びは変わる?
休校期間中に発狂する程度でイライラをとどめるには?
など、こどもとの対応の「やりくり」の数年を踏まえてお話しさせていただきました。

交流会参加者のおこさんも、わたしがいままで関わったお子さんも結構「生きるってなに?」って考えて苦しくなってしまう子が多い気がしています。
それって、過敏なんじゃなくて素晴らしいことだな、と思います。もちろん、不登校という時間がくれた「ひま」から生み出される思考でもある部分があると思うのですが、その感性を持っているからいけなくなってしまう。

学校へ行く意味、学ぶ意味、生きる意味。
それをまっすぐ考える。学校へ行かないことが時間をムダにしているように言われるけれど、学ぶ意義がわからないままに(完全にじゃなくていい)ドリルをやり続けるのもまたこどもの成長期という吸収し放題の時間をムダにしていると思います。

ちゃんと「いま」を悩んで進んでいるこどもたちに「見出す」「解決する」なんておこがましい。
大人こそひとの指針で判断してきたことに向き合うべきで、それを避けてはおそらくこどもを諭したり叱ったりしても届かない。

そっと、大人の権力でサポートできるところはしつつ、邪魔しない。
きれいな環境に置いて見守る、なんてことじゃなくて社会の荒波対応考えて、雑草のなかでも根を張ることができるように、邪魔しないように「頑張る」。

交流会と、会のあとのスタッフミーティングから、度々感じてきたこども向けや保護者向けのサービスなどの「こどもに~させる」という言葉を使う深層心理への違和感をやっと言語化できた気がします。

邪魔しないって難しい。必要なときはヘルプする、って、その見極めも難しい。大人の腕の見せ所。わたしたちはちゃんと大人できているのか。時々振り返らないと忘れちゃうなと思いました。

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本質的な学び、オンライン教育、自立するってなに。
今回メインででた内容は、不登校の団体としては、ずっと以前から対面せざるを得なかった問題たちであり、いま同じ「言語」で会話できる人が増えつつあることにちょっと期待しています。教育もシステムも急には変わらないけれど、社会は少しずつ変わってきたのかな?と。

詳細は別途また書いてみようと思います。

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