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【寝かしつけ】丘の上のイカ(2025.02.27)
私が妻が風呂に入っている間に二階堂(この度めでたくドジャースの公式焼酎となった大分麦焼酎)のソーダ割を飲んでいたら、風呂から上がって来た妻が私に対して凍てつくような冷たい目を向けた。
私は何も悪い事をしていない。妻がのんびり一人で風呂に入っている間に、ちゃんと洗い物をしたし、自分の弁当を作ったし、子供らの歯磨きの仕上げをして、長男の宿題の丸付けをした。やるべき事はやった上で、合間に二階堂を飲んでいるのだ。
しかし私は言い訳をしない。言い訳をすると火に油を注ぐような結果になるから。私は銃口を向けられて命乞いをする罪のない小市民みたいに、無抵抗で非力である事を主張したが、妻はロジックで動いているわけではないので、私はただただその刺殺するような血走った目に耐えるしかなかった。
それで、なるべく殺気立った妻を避けるように子供らの待つ和室へ行って、布団の上でミニカーを並べて遊んでいる次男に対して寝かしつけの話をした。
「丘の上のイカ」
海辺の丘の上に巨大なイカが埋まっている。真っ白なイカ。
足は全てすっかり土の中に埋まってしまっていて、目から上が地上に出ている。
寒い国のいつも曇った空の下、イカは強い風にビュービュー吹かれて、微動だにしない。目はまん丸のまま、地面すれすれで見開かれている。
イカは遠くからもよく見えたので、漁師はそれを目印にした。月が明るい夜には巨大なイカが闇の中に白くぼんやり浮かんでいて、月と仲良く話しているように見えた。
鳥の群れがイカの周りを舞った。色んな種類の鳥だった。おかげでイカは体じゅう鳥たちのフンでいっぱいになったが、やがて強い雨がぜんぶ洗い流してくれた。
小さい女の子がやってきて言った。
「あの大きなイカはいつからあそこにいるの?」
おひげのおじいさんは言った。
「それは誰も知らない。でもおじいさんのおじいさんのそのまたずっとおじいさんが生まれたころにも、もうイカはあそこにいたそうだよ」
また女の子は言った。
「ひとりぼっちでさみしくないのかしら?」
おじいさんは言った。
「だいじょうぶ。みんながイカの事を大切に思っているから、イカはさみしくないと思うよ」
いつも空を分厚く覆っている雲の隙間から一筋の光が降りてきて、イカを照らした。イカは眩く白く照らし出された。その周りを海鳥たちが舞って、まるで祝福しているみたいだった。
女の子は言った。
「なんだかイカが嬉しそうにしているよ」
イカは思い出していた。かつてたくさんの仲間たちと広大な海を泳いでいた頃の事を。南の海の鮮やかな魚たちや、火を噴く山や、闇夜に輝くオーロラを。
いつから私はこの丘の上に埋まっているのだろうか。思い出せない。いつから私の体はこんなに大きくなってしまったのだろうか。分からない。だけどさみしくはない。いつも私は頼りにされている。
空から降る一筋の光はやがて小さくなって消えた。そうしてイカは再び長く深い眠りについた。
おやすみなさい。
そうして話を終えると長男と長女は眠っていたが、次男(3歳)だけがまだしぶとく起きていた。しかしそれも間もなく眠った。
しばらくすると妻がやってきたので、私はそそくさと自室に戻った。