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春分の京都旅行「因幡薬師」不明門通と南門


大河ドラマ"光る君へ"第27話「宿縁の命」観ました。

まひろと道長のラブロマンスを毎度楽しく視聴しているのですが、ネットの反応を覗いてみると二人のシーンはあまり評判が芳しくないみたいですね。それにしてもいやはや、まひろの夫・宣孝めちゃくちゃカッコよかったですね。真のプレイボーイは彼のことを言います。


昭和まで寛容だった不倫文化。

現在は不倫した有名人を執拗に叩き、芸能界引退まで追い込もうとする人が増えています。しかし、批判している人たちの中で一体どれほどの割合が清廉潔白な恋愛をしてきたのでしょうか。他人に厳しく自分に甘い人間ばかりが目立つ世知辛い今世ですから、托卵妻でもいいと寝ぼけ眼で愛を語った宣孝がより一層清々しく見えるわけです。さて今回の脚本はなかなかに凝っていましたね。彰子の入内、定子の御子誕生、まひろの出産。三つの大きなイベントがいい感じで対比になっていました。特に注目すべきは子を産んだ二人の女性。彼女たちの運命はこのあと大きく分かれることになります。

一条天皇、ついに国母に対し積年の想い(恨み)を口にしてしまいましたね。前にも書きましたが、上級国民と呼ばれる人たちも市井しせいと同じくらい深い悩みを抱いています。当時の皇室は藤原氏という外戚の操り人形にならなければ存在しえませんでした。帝という頂点の立場にいるのに思い通りにならなくて、神輿同様の扱いをされていた天皇は日々憤りを感じていたことでしょうね。そしてその怒りは平安末期に大爆発します。院政時代の到来です。

先週放送がお休みだったので感想と考察も勢いに任せて爆発してしまいました。不倫を肯定するような書き方をしてごめんなさい。芸能人であっても夫婦関係に第三者が踏み込むべきではないよという趣旨となります。

それでは旅の続きに参りますね。


佛光寺から目的地へ歩いていると駒札を発見。

なになに?


燈籠町会所と書かれていました。

燈籠町は祇園祭の際に保昌山を出す町内で、ここの敷地は1734年に近江屋五郎兵衛から購入したと町有文書に記録されているそうです。大変貴重な建物であることから、1983年に京都市指定有形文化財に指定されました。そういえば昔の祇園祭の前祭西進コースは御池通ではなく松原通だったんですよね。京町家が並ぶ通りを山鉾が進んでいたので、町人にとって祭りは今よりずっと身近な存在でした。祇園祭開催中に各所でイベントが行なわれています。もしかしたら家すれすれの山鉾写真を目にする機会があるかもしれませんね。


塀の上から可憐な花が私を覗いています。

えっと、枝垂れ桜?


目的地に到着。

うわっ、開放感あるめっちゃオシャレな門だ。


因幡薬師こと平等寺さんでございます。

画像検索するとどれも黒ずんだ姿ばかり。どうやら最近新調したのでしょうね。それにしても雨模様の天気なのにすっごい盛況やん。


さてこちらは門の南側にある不明門通の風景になります。

京都の人しかわからない屈指の難読地名でございます。ここで答えるのは野暮なので気になる方は各自で調べてみてください。1171年に平等寺と命名した高倉天皇が境内の南側に移り住んだことから、南門を開けるのを控えたことで不明門通という名称になりました。高倉天皇といえば平家物語に出てくる天皇のお一人です。もしかしたら中宮の建礼門院こと平徳子のほうが有名かもしれませんね。

今回はここまでと致します。次回の後篇では境内の仏像やお堂を紹介していきます。ぜひ見に来てください。



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あとがき


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