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【詩】さよなら博士

追い抜いた りんかい線の窓越しに見えた
息を飲むような空の青 光の雲
まばたきで せき止めた涙が あふれた
ぼくの博士が死んだ
その事実に いま気づいたのだ

祖父は博士
地形が気になって 話のそばからすぐ地図を出す
微分と三角関数をぼくに教えながら
頭は帽子の台じゃないんだ と優しいまなざしで言う
午後はテレビをつけながら昼寝して
自力で家具を直し 車の運転が好きで
祖母の通院記録を 余さずファイリングする

あなたが卓上の写真になっても
燃えても残る 立派な大腿骨ですね と言われても
まだ ぼくは気づかないふりをしてる

母からの電話
駅のホームから駆け出すように 
動け動け と念じた土曜日の快速電車
親父の運転 車の中で
電話越しに名前を呼びかけた
真夜中の有料道路

もうまともに歩けないのに
ベッドと椅子を何往復し
むくんだ脚の筋力を保つ
ぜいぜい 肩で息をする博士

あのとき 何か受け取った はずだ
それでもまだ 思うほど前に進めない

車窓から覗く 
つんざくような空の海原を見て
やっといま 追いついたのか
からだが こころに追いついたのか
こころに からだが追いついたのか
どちらに紐づくだろう 感情は 涙は
はじめてのセックスのように
ひとが死ぬのを
正直 こんな感じだと思ってなかったんだ

日差しが反転して
博士の成分が空中に飛散する
ぼくが住む世界の 景色の一部になる




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