わたしのお守り本
今まで生きてきた中で「これは人生のバイブルだ」と思っている本が何冊かある。その本はとても大切で、時々本棚から取り出して眺めたり、人にオススメしてみたり、いつだってわたしの一番の友人のように側にいてくれる。
何度も読み返した本。
今思い出しても内容がありありと思い出されるし、読んだ後の気持ちだって思い出せる。だからわたしにとって人生のバイブルと言える本なのだと思う。
だけど、わたしには読んだことはないけれど「そこにあり続けるだけで安心する本」も存在する。読んだことはない。内容だって分からない。なのに安心するなんておかしいよねってずっと思い続けてきた。
でも人はそういう本のことを「お守り本」と呼ぶのだと、点滅社さんのイベントで初めて知った。
折角その存在に名前がついたのだから、今日はお守り本のことを書いてみたいと思う。
***
その本と出会ったのは中学生のとき。
その頃のわたしは本に救いを求めていた。なにか衝撃的な本との出会いを探していた。人生を揺るがすくらいの本。今まで生きてきた日常を破り捨てて背中を押してくれるような本。
そんな運命の1冊と出会えさえすれば人生が変わると本気で思っていた。本を探すことはわたしの希望の光だった。
わたしには小学生の頃から思うところがあり、人の目を見るのが怖い時期があった。友達と楽しく話すことはできるけど、それ以外の人の目を見るのが怖かった。
例えば通学路。知らない人と目が合うのが怖くてずっと下を向いて登校していた。今となっては何が怖かったのかなぁと思うのだけど、当時は本当に怖くて辛かった。
世渡り下手で繊細すぎたのだと思う。いつもビクビクと人の目を気にしていた。通っていた学校の雰囲気がいつもピリピリしていたことも影響していたのだと思う。子どもの世界は狭い。そのとき生活している場所が世界の全てだと思ってしまう。きっとわたしもそうだった。
だから、わたしは本に救いを求めて生きていた。
そんな時に出会った本がある。誰かのHPだったのかブログだったのかは覚えていないが、「人生を変える本」として紹介されていた本だ。
直感的に「この本だ!」と思った。きっとこの本を読めば世界が変わる。
近所の本屋にはなかったので、今はなき ジュンク堂書店 千日前店 まで足を伸ばした。そこではこの本が平積みになっていたので当時の話題書だったのかもしれない。
「天使になった男」 ショー・タイ/ディスカヴァー・トゥエンティワン
『主人公が恐怖心を克服し、勇気をもって
人生を変えていく奇跡と感動の物語』
これはわたしが求め続けていた言葉だった。だからこそ、いまの自分にぴったりの本だと感じた。わたしの中の恐怖心もこの本でなくなるんじゃないか。自分も変われるかもしれない、と。そう思った。
そして、この本の隣に平積みされていたこちらの本にも目が止まる。
「クレイター先生 最後の授業」アーニー・グレン/ディスカヴァー・トゥエンティワン
生きにくいのは、生きるための知恵がないから…?
生きにくいのは自分のせいだけじゃなくて、他にも理由があるのかもしれない。周りのみんなは生きやすくなるコツを知っているだけかもしれない。
希望に溢れた本に出会えた気がして、この本も手元に置いておきたいと思った。でも、ハードカバー2冊は中学生の財力では難しい。1冊にすべきか?でも…。そうやってうんうん唸っていたら、一緒に来ていた母がやってきた。
「両方買ったろか?本やったら買ったるで」
その言葉に背中を押され、わたしはその本を持ち帰ったのだった。
そのとき家にやってきた2冊の本は、今もひっそりと本棚の片隅に置かれている。
中学生の頃はあまり本を読む気になれなかった。精神状態と読書欲求は連動しているのかもしれない。人生を揺るがすほどの本と出会いたいと願いながら、どうしてもそのとき読めなかった。
それでも、そこにこの本があるということは救いだった。いつか今よりももっと辛いことがあるかもしれない。でも、わたしにはこの本がある。
運命が変わるかもしれない本が。
こうして心の片隅に置かれたこの本は、今も読んでいない。もしかしたら自分の思っているような本ではないかもしれないが、それでもわたしにとっては大切な本。今考えると、読まなかったからこそ救いになっていたのかもしれない。
そこにあり続けるだけで安心する本。
これは、最高の「お守り本」だ。
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