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短編小説「よーく考えよう」

「おや、誰か来たみたいだね・・・。」
「お! そのようですな。」

「あらぁ、皆さんお邪魔しますわよ? ・・・やだ、私、一番端なの?」
「こんにちは。」
「こんにちは!」

「我々三人だけ、と言うのも珍しいですな。しばらくの間、よろしくお願いしますよ。」
「そ●ですな! 大抵は『先輩方』が混●って来ますからな!・・・それにし●も梅子さん、パリッと●●ますなぁ!」
「あら。お分かりになります? 昨日ようやく銀行から世の中に出てきたばかりなんですの。・・・みなさんは?」
「私たちは初日から世に出てましてね。ご覧の通り、もはや折れ曲がって手垢もたっぷりと染み込みましたよ。ねえ、柴ちゃん。」
「そうで●なぁ。私も栄さんとは違う回り方を●てきましたが、か●り色んな所を回り●●たよ。なにせ、皆さ●と違って使いやすいで●●らな、私は! ガハハハハ!」
「少々、聞き取りづらいですわね、柴さん?」
「あぁ、私は皆●●とは逆向き●入っており●●からな! これで!どうですか!」
「今度ははっきりと聞こえますわ。そうなんですか『向き』には拘らない方のようですね・・・。」
「そのようですよ。ほら、梅子さんだって柴さんの前にいるじゃないですか。この方は『揃える』という概念がないらしいですな。」
「おかしなものですよねぇ。必死になって私たちを集めようとするクセに、手元に来ると途端に頓着しなくなるなんて・・・。」
「ハハハ! こんなのは、まだまだ序の口ですぞ! 私なんか先日小さく折り畳まれた上に、長いこと『お尻の下』に敷かれましたからな! 調子はずれな鼻歌は聞かされるわ、屁はこかれるわ、散々でしたよ!」
「まぁ! そんな失礼なこと、ほんとにあるんですか?」
「残念ながら、ありますねぇ。この前、福沢先輩とご一緒したんですが、ほら、あの方はかなり長いでしょ? それはもう、悲惨な目に遭われておりましたよ・・・。」
「・・・私も、そんな目に遭うのかしら・・・?」
「残念ながら、そうでしょうなぁ・・・。」
「なぁに、そんな奴らからはこちらから早々に退散すればいいんですよ!大体ですな、私はともかく、栄さんや梅子さんを軽んじるなんてのは、論外ですぞ!」


「・・・それにしても・・・なんで私なんかが選ばれたのかしら? 渋沢さんや北里さんはともかく、私なんかごく一部の方々にしか知られていなかったはずですけど・・・。」
「この御時勢ですからなぁ! 『女性も入れたい』なんて、時の施政者が考えつきそうなことじゃあないですか! それでなくても男社会の日本で、『有名な女性』と言ったら、選ぶのがなかなかに難しいんでしょうなぁ!」
「おいおい! 柴さん! お前さん失礼なこと言ってるよ!」
「ウフフフ、構いませんわ。そうならないように、尽力したつもりでしたけど、厳しくし過ぎたのかしら・・・。」
「いやいや、梅子さん。あなたの思いは、きちんと受け継がれておりますよ。確かに気が遠くなるほどゆっくりではありますけど、着実に進んでいると、私は思いますよ?」
「なら、いいんですけどねぇ・・・。」
「そうそう! 今回こうやって我々が選ばれたわけですから、せいぜい世の中に名を轟かせましょう! ねっ! 栄さん、梅子さん!」
「ハハハ・・・柴さんはほんとに、気楽でいいねぇ。」
「私ぁなにせ、栄さんの10分の1ですからな! 梅子さんから見ても5分の1だ! そりゃ、気楽なもんですよ!」
「また、そんな口を利く・・・。好きでこうなったわけじゃ、ないんですのよ?」
「おや、梅子さんにもご不満がありますか?」
「あるもある、大あるですよ! 私、シカゴ時代の素敵なドレスで参上したかったわ! 確かに着物に袴の印象が強いのでしょうけれど、これでも女ですわよ? 少しはお洒落をさせてくれても、ようございません?」
「なるほど、確かにそうですなぁ。」
「もう、その辺りからして私の教えが足らなかったんですわ。おそらく決めて下さった方々の中に、女性が少なかったんじゃないかしら?」
「いつの時代も、女心のわからないような奴が上に立つんですな! けしからん。そこ行くと、栄さんは違う! 女心をよぉく、ご存じだ! ねぇ?」
「お、おいおい! 何を言い出すんだ! そんな昔のことを掘り起こさなくたって・・・。それでなくても、『今度のは不貞を働くで有名だからご祝儀には使いづらい』って評判なんだ、もう、よしてくれ!」
「まあ! 不貞、ですか?」
「梅子さんまで! もう、私たちは仲間じゃないですか! お願いしますよ! ほんとに!」
「ガハハハ! 栄さんにも、弱みはあったということですなぁ!」
「ウフフ、そういうことですわね。」
「いやいや・・・参ったなぁ・・・。ははは・・・。」



「・・・おや、出番が来たようですな。それでは私はお先に失礼しますよ」


「私たちがいるのに、栄さんが出張るんですの?」
「我々二人でも、足らんのでしょうなぁ! そうすると、もしかしたら『私』が増える可能性も、ありますなぁ!」
「まぁ! それはそれで、やかましくなりますわねぇ・・・。」
「おや! 梅子さんも、結構言いますなぁ! ガハハ!」


「お邪魔しますよ・・・。」
「失礼します。」


「なんと! 野口クンに漱石先生じゃあありませんか! こりゃあ、先輩と大先輩が揃ってお見えになるとは!」
「まあ! 野口さんはともかく、漱石先生もまだ現役でいらしたの?」
「いやね、タンスの中でこのまま終わるのかと思ったんですが、ほら、北里先生が出られたでしょう? 使えなくなると懸念したようですよ? 急に引っ張り出されましてねぇ・・・。」
「そうですか! どうです? 久しぶりの世の中は?」
「そうねぇ・・・なんというか、豊かにはなりましたが殺伐としておりますなぁ・・・。タンスの中の方が、よほど幸せだったかも知れません。」
「ははぁ・・・そのように映りますか・・・私なぞはほれ、出たばかりですから、これが当たり前ですがね?」
「・・・さしでがましい口を利くようですが、北里先生にもいずれわかりますよ。」
「ほう、野口クンも漱石先生と同じ意見かね?」
「私は変わりゆく様子を、この目で見ておりますからねぇ・・・。」
「まあ・・・。おいたわしい・・・。」
「よし! 今日はもう、我々に出番はないだろうから、その辺りについて語り明かそうじゃないか! ねえ、漱石先生、梅子さんも!」
「いいですわね! それにしても、話しづらいですねぇ・・・。」
「まったく、今度の持ち主は向きも方向も表裏も、まったく関係ないようですなぁ! こういう扱いの持ち主だと、引き継いでいきましょうな!」


「それはそうと・・・私、ずっと漱石先生に見つめられて、おかしくなってしまいそう・・・。」
「お互いさかさまに、ですけれどね。今夜は、月がキレイですなぁ。」
「まぁ・・・。」


「野口クン、こりゃあ、今夜は二人で語り明かすことにしようか。師弟関係ではあるが、この世界ではキミが先輩だからなぁ。いろいろと、教えてくれ給えよ。」
「ええ、もちろんですとも。そうそう、柴里先生に最近の流行り病についての見解をお聞きしたいと、私も思っていたんですよ・・・。」
「ほう・・・流行り病? 実に興味深いね・・・。」
「ええ・・・実は・・・。」




「よーく考えよう」
了。



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