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【心理学】不快なゲームを私たちは毎日しているワケ


1. はじめに

交流分析では、ゲームというものがあります。
通常、ゲームといえば、1人から複数人で行う楽しいものだと思いますが、心理学、特に交流分析でいわれるゲームとは残念ながら楽しいものではありません。
では、その楽しくもないゲームをしてしまうのか、その心理に迫っていこうと思います。
本記事は、読み終わるまでに約3分かかります。

2. 交流分析のゲームとは

序論でも言いましたが、交流分析のゲームは楽しくありません。
繰り返し、繰り返し行ってしまうパターン化された交流の中で、いつも最後はいやな気持、もやもやが残ってしまうようなやり取りのことをゲームといいます。

こちらもいわゆるゲームのお話しです。

2.1. ゲームの共通点

エリックバーンの提唱したゲームの公式(Gの公式)では、さまざまなゲーム(”はい、でも”、ラポ、”さあ、とっちめてやるぞ” etc…)が紹介されていますが、その共通点は、I'm not OK, You are not OK. を証明しようとします。言い換えれば、交流分析の哲学であるI'm OK, You are OK. を否定しようとするのがゲームであるともいえます。

2.2. ゲームの定義

  1. 明瞭で予測可能な結果に向かって進行しつつある一連の相補的・裏面的な交流

  2. ゲームは隠れた動機を伴う

  3. しばしば 反復的で表面的には最もらしく見える一組の交流を繰り返す

これだけだと何を言っているかわかりにくいですね。
例を見ながら定義を再確認していきましょう。

2.3. ゲームの特色

yes, but(はい、でも)の例
最後は、相手を黙らせ、無力感を味わわせる

会社の諸待遇について、相談している男性がいますが、最終的にはお互いに嫌な気持になって終結します。
このやりとりは、はい、でも(yes, but)のゲームといい、最後には相手(オレンジの男性)を黙らせ、無力感を味わわせます

  1.  相補的かつ裏面的交流
    一見、交差的交流に見えますが よく観察すると 明瞭で予測可能な結末に向かって進行していく一連の相補的かつ裏面的交流などです 裏面性と結末という2つの特色を持ち 単なる社会的な会話や 雑談とははっきりと区別されるものなのです。

  2. ゲームには当人も全く気付かない 動機や目的が隠れていることが多い。例えば 授業中の教師から何回も注意されたにもかかわらず 私語を繰り返し、教師から叱られ、 廊下に出されてしまう生徒などはこの種のゲームを演じていると言えます。このようなゲームを TA では、足蹴にしてくれ!(Kick me.)と言います この場合 生徒は教師が寛大な態度で対応すればするほど、これでもかというように私語を続け、最後には教師の怒りを誘発しようとするのです。このように相手を挑発して自分を拒絶・処罰させようとする目的が隠されています。隠された動機とは愛情と承認との欲求、(「ストローク」の餓えから来るもの)です。

  3. ゲームの結末には ある特定の感情が伴う
    ゲームでは隠された動機や目的を持った交流であるため、なかなか気がつかないのですが、自分の感情に注目することで自分がゲームを演じているのか相手のゲームに引っかかっているのかに気づくことができます。例えば ある特定の人間との関係で繰り返し、不快な気分を味わう時にはゲームを演じていたり、相手のゲームに乗ってしまっていたりと考えることができます。
    ゲームに伴う感情

    1. 怒り

    2. 劣等感

    3. 憎悪の念

    4. 抑うつ感

    5. 恐怖

    6. 疑い など

があります。対人関係でこのような感情を反復して体験する時には結末に注意すべきでしょう。このようなゲームに伴う不快な感情ラケット感情と言います

あの人が毎回ゲームをする理由

結論から申しますと、ストロークの欠乏(餓え)が理由です。そもそもストロークとは、相手(や自分)の反応のことです。幼少期の経験(虐待、無視、存在の否定など)から、ゆがんだ形で他社のストロークを得ることに成功してしまった可能性があります。
例えは悪いですが、新鮮な水が近くに無い場所で生まれてしまったために、泥水を飲むようになった。最初は、抵抗があったものの、のどの渇きには耐えられず、飲むと毎回おなかを下すがそれでも泥水を飲み続けてしまう。
このような感じです。その習慣は大人になり、きれいで新鮮な水が飲めるようになったにもかかわらず、泥水を飲んでしまうのです。
厄介なのは、ストローク飢餓の本人だけが苦しいのであればまだいいのですが、それはあなたにも影響するということです。

きれいな水があっても自分にとっては汚い水を飲んでしまう

対処法としては、いろいろ考えられると思います。
例えば、「はい、でも」のゲームをしている人がいるならば、大人(A)の自我状態で話を聞くことが有効かもしれません。特に、このゲームをする人はNPが高い人間とペアになりやすい傾向があります(私自身、NPが高いため相手のゲームに乗っかってしまう危険がとても高いと考えられます)。ゲームを自分自身がしないことも大事ですが、他人のゲームに乗っからないことも同じくらい大事です。まずは自分の自我状態を分析することも有効です。

まとめ

いかがだったでしょうか。
今回は、「はい、でも」を例にとって、交流分析におけるゲーム(心理ゲーム)についてみてきました。
ゲームをしている人は、ストローク飢餓に陥っている可能性が大きいです。その方の生い立ちや幼少期の経験などを知れば、解決の糸口につながる可能性もあります。また、自分自身がついついゲームをして(演じて)しまう場合、簡単な訓練を繰り返し積むことで健全なストロークを受け取れる可能性があります。


参考文献

図解&ワークでわかる・身につく初学者のための交流分析の基礎中村 延江 (著), 田副 真美 (著), 片岡 ちなつ (著)
交流分析事典 トニー・ティルニー (著), 深澤 道子(監訳) (翻訳)

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