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不公平な世の中
この世の中は不公平だ。
例えば、裕福な家庭と、
貧しい家庭に生まれてきた
子供は生まれながらに
すでに差が付いている。
もしも神様がいるなら
この事をどう思うか聞いてみたい。
こんな思いを持っている人は
世の中に大勢いるのではないだろうか。
悟もそんな大勢の中の一人だった。
「かあさん。どうして家は貧乏なの。」
友達の持っているゲームが欲しくて
ねだっても、人は人と言って
取り合ってもらえなかった。
「貧乏なのは、間違いないけど
かあさんは、お前や妹が元気で
いてくれさえすれば、
それで十分なのさ。
不満をいくら言っても
何も変わらないからね。
変えたいなら
自分でやるしかないんだよ。
それに
お前には、ほかの友達にない
素晴らしい宝物があるじゃないか。」
「なんだよ。その宝物は?」
「知らないの? その宝物は
可愛い妹と、お前を守ってくれる
優しいかあさんじゃないか。
たまには怒る事もあるけどね。」
そう言ってけらけらと笑った。
悟の家庭は母子家庭で
妹が生まれてすぐ
父親は病気で亡くなっていた。
以来、母親がパートを掛け持ちしながら
家計を支えていた。
母親はいつも笑顔で明るく
家族でいる時は、よく笑っていた。
夜中にトイレに起きた時
そんな母親が一人
台所で父親の写真に
話しかけて涙をぬぐっているのを見た。
それ以来、家が貧乏などと
不満を口に出すことはしなかった。
悟が中学校の2年の時
進路の事で3者面談があった。
彼は小さい時から中学校を卒業したら
働こうと決めていた。
かあさんの手助けになりたかった。
だから、あらかじめ担任の先生にも
就職する事は伝えていた。
母親には、その事を黙っていた。
面談で知った母親は
烈火のごとく怒った。
「お前が、怠け者で頭が悪いのなら
仕方ないけど、そうでは無いでしょ。
かあさんはまだまだ働けるし元気だよ。
学費や進学費用も
少しだけど貯めているんだよ。
今どき進学なんて
公的援助や諸々の方法もあるらしいよ。
先生も進学するように
おしゃってくれているじゃないの。
本当に親孝行をしたいなら
私は高校も大学も出て欲しいの。
とうさんだってきっとそう願うよ。
そうでないと、私は死んだとうさんに
合わせる顔が無いのよ。
子供の幸せを願わない親など
いるわけないよ。
お願いだから進学して。」
最後は、涙声になりながら
母親に説得されて
とうとう進学をすることにした。
高校も大学もバイトに励みながら
人並みに卒業し
公務員試験にも合格し
安定した仕事に付けている。
妹も今年短大を卒業した。
やっと一息の所で
母親が倒れた。
くも膜下出血で帰らぬ人になってしまった。
葬式の後、悟は一人母親の遺骨の前で
大声で泣いた。
「神様、子供の時にかあさんの涙を見てから
一度も不平不満を言った事はありません。
かあさんが言うように
いつも、神様に感謝して生きてきました。
なのにこの無慈悲な仕打ちは、
何故なんでしょうか?
何がいけなかったのでしょうか?
どうしても納得できません。
どうか、お願いします。
分かるように説明してください。」
そう言いながら泣きじゃくっていた。
かあさんに楽をさせてあげたかった。
その気持ちが、天国まで伝わってきた。
「おい、もう泣くなよ。
お前の気持ちは十分伝わっている。」
声がした方向を見ると
一人の若い男が立っていた。
「俺は神様の使いでここに来たものだ。」
「神様の使い?」
「そうだ、お前があまりに悲しむので
神様に使わされた使者だよ俺は。」
「もしそうなら、言いたいことがあります。」
不思議と違和感も恐怖も感じなかった。
ただ胸の中にある悲しみを
吐き出したかった。
「良いから黙って聞け。
人の寿命は、あらかじめ決まっている。
お前のかあさんは、本当はもっと以前に
寿命が来ているはずだった。
その時も俺が迎えに来た。
でもお前のかあさんに、
どうしても
もう少し待って欲しいと懇願された。
お前たち兄妹が独り立ちするまでの間
どうしても待って欲しいと
その為なら、地獄でも行きます。
今後一切生まれ変わりが
出来なくても良いです。
とまで言っていた。
前代未聞の話なので
天国でも、どうしたものかともめたんだ。
最後は、神様がお認めになり決着したんだ。
その神様を怨むなどとんでもないぞ。
その証拠にお別れの時
お前のかあさんは
とても幸せな顔をしていたろ。」
そう言われてはっとした。
確かに苦しんだ顔でなく
なぜかいつもの笑っているような
穏やかな顔をしていた。
「人は、大した努力もしないで
不平不満ばかり言い募るものが多い。
その言葉が、そっくり自分自身に
返ってくることすら気付いていない。
この世に生まれた後は
あらゆる困難や
試練を乗り越えて切磋琢磨する事が
使命であり修行なんだ。
お前のかあさんは立派にそれを果たした。
お前たちも、いつまでも悲しんでいないで
母親には恥じない立派な人間に成長せよ
これが神様からの言葉だ。
分かったか?」
「そうだったんですか・・・
そう言う事だったんですか。
かあさんが何時も神様に感謝していた
その訳が良く分かりました。」
「ありがとうございます。」
「生まれは、ただの出発点の違いに過ぎない。
貧富の差など、些細な事でしかない。
それぞれに応じた課題や試練があり
それを立派にこなせたものしか
本当の意味での心が満たされる
幸せになれない。
金や名誉や地位などで
得られないものがある。
人をうらやまず、人の為になる人間になれ
これは、俺からの忠告だ。」
「偉そうなことを言ったけども
実を言うと俺も人間の時
お前たちと大して変わらなかった。
こうして、
人生を終えた人を迎えに来る
仕事をするようになり
色々な人生を見せてもらって
やっとそれが分かるようになったんだ。」
「幸せであろうとすれば幸せになれる。
不平不満ばかりっているとそうならない。
幸せはいつもそばにあるんだ。
チャンスは平等だ。
心が満たされる幸せに気付くかどうかは
全てが本人次第だ。
頑張れよ。」
そう言い残し消え去った。
悟は、何か夢でも見ていた気分だった。
本当にあった事かも疑わしい。
でも何故か気分はすっきりとして
悲しみも怒りも無くなり母親に対する
感謝だけが残った。
この先
生きていく勇気も湧いてきた。
いつか自分も親になったら
母親の様になりたいと強く思った。
家族を守り、家族のために働き
いつも明るく楽しくけらけらと笑っている
そんな親になれるよう努力すると決めた。
亡くなった母親も悲しみを乗り越えて
成長しようとする悟の姿を
きっと喜んでいる事だろう。