日本人はずっとアメリカが好き。『戦前昭和の社会 1926-1945』井上寿一
大正デモクラシーが終わった後の暗い時代。それが、戦前の昭和に対する私たちのイメージです。満州事変から日中戦争、対英米戦争の第二次世界大戦まで。軍人さんたちの発言権が強くて、エプロンとか割烹着をつけたおばさんたちがえばっていて、物がなくて、自由がなくて、戦争に若い人たちが駆り出されていく。
ところが、井上先生のこの本では、そんなイメージがあまり正しくないことを教えてくれます。第一次世界大戦が終わった後の日本は、アメリカの文化の影響をとても大きく受けるようになります。政友会と民政党の二大政党制もアメリカモデル。大量消費時代のハリウッド映画。日本の大衆文化はアメリカ化だったのだそうです。
大量消費時代の象徴はデパート。「今日は帝劇、明日は三越」のキャッチコピーは秀逸です。大正末期から昭和にかけて、東京三越は建物を拡大し、売上を大きく伸ばします。どんなにお金がない人でも、三越に行けば最新のファッションを見ることができます。欧米のように階級社会ではないので、入店を断られることがないのが日本です。
しかも、大阪高島屋は地下に10銭均一ストアがあって、まるで今の百均ショップみたいに多くの人を集めていました。地上には従来の高級品をあつめて区別しつつ、売上を伸ばすとか、日中戦争が始まるまで、デパートは売上を伸ばし続けたとのことです。
この時代の人々の娯楽は映画です。戦前はだいたい白黒映画で、洋画では圧倒的にハリウッド映画が大人気。邦画は時代劇だそうです。チャップリンの離婚の話題は、今の芸能人のゴシップみたいに売れたとか。そして、日本の映画専門家は「この頃のアメリカ映画は金はかかっているけれど、中身がない」と批判していたほど。なんだか、私も昔、こんな批判を聞いたことがあります。
扇風機や冷蔵庫、アイロンが発売されて大人気だったり、ラジオも影響力が大きかったり。松下幸之助が活躍するのも納得です。東京の銀座をかっこいい洋服や着物を着た女性が闊歩する。ラジオから流れる、アメリカのジャズも大人気。戦争の前はそういう日本だったとは驚きです。
では、どうして日本は中国と戦争し、その後はアメリカやイギリスと戦争するようになってしまったのか。この本は、文化や社会を中心に見ているので具体的に何か説明した部分はありませんが、政治や軍事には予想もしない出来事があるようで、そこに大衆政治が加わると、引き返せない坂道を転がってしまうようです。
「満州事変」が成功したことで、日本はデモクラシーから日本主義、国家主義的な方向に向かってしまいますが、それでもやっぱり人々はアメリカが好きでした。そして、日本軍の勝利を喜ぶ割には、軍人家族に冷たくて、兵士の家族たちは自分たちを守るために「国防婦人会」を結成しました。朝ドラとかで、怖い割烹着のおばさんが出てくるアレは、もともと弱い人達が団結するためのものだったのですね。
そんな国防婦人会よりも、多くの人を引き付けたのが「ひとのみち」みたいな新興宗教です。アメリカやヨーロッパの新しい考えが入ってくるのに、現実の日本社会が変わらない矛盾。宗教団体は、そんな不満を抱えた人々を集めて急成長し、警察に潰されます。
日中戦争が始まって、終結の目処がたたないときでも、やぱりアメリカ文化には人気がありました。ただし、少しづつドイツ人気も高まっていき、国民の一致団結が叫ばれていきます。そして、東條英機の登場で、アメリカやイギリスは突然、鬼畜米英になります。
でも、対英米戦争は5年も続かなかったので、日本人のアメリカ好きは戦争中もずっと隠されたまま残っていました。だからこそ、戦後直後の日本のベストセラーが『日米英会話』なのでしょうね。
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