外交の基本は国内政治。『中国の行動原理』益尾知佐子
国際政治学者の益尾先生ですが、外交のパワーバランス的なお話ではなく、フランスの人類学者エマニュエル•トッドの「家族システム論」を使って、中国という国や共産党という組織の解明にチャレンジした本です。外からは、とにかくわかりにくい中国。政治や外交が、家族システム論でわかりやすくなるのでしょうか。
益尾先生によれば、中国は日本と同じアジア的な家族制度の社会のように見えるけれど、実際はかなり違います。トッドの分類によると、日本や朝鮮半島は権威主義家族で、中国は共同体家族に分かれます。そして、共同体家族の3類型の中でも中国は外婚制共同体家族という分類になるとか。
このタイプの家族は、父親は家族に対して強い権威を持ち、相続では男兄弟が全員平等な扱いを受けて、1人の息子(日本では長男)が家全体の財産を受継ぐことはありません。
中国の家族は父の強い権威の下に、横に大きく広がる共同体になっていて、配偶者は、常に共同体の外からやってきます。いとこ婚は禁止。そして、こういう中国の家族形態は、共産党の絶対的な権威のもとで、平等社会の実現をめざす共産主義のイデオロギーと親和性が高いのだそうです。
中国の家族は、家父長一人にすべての権力が集中し、力関係は縦に重層的になるのではなく、家父長と息子たちとの一対一の関係の束で成り立っています。そして、中国社会も基本的に共産党がこういう構造を持っていて、日本のように下からボトムアップされて組織が改善されるとかはありません。下位の組織は常に横並びで競争させられ、トップの意向を忖度して努力するだけです。上の意向が変わると、それに合わせて下も行動を変えます。
日本の組織では、各階層(レベル)ごとに責任者がいるので権威が分散し、組織内で誰が実権を持つのか特定しにくい一方、組織のどこかで問題が発生すれば、一丸となって組織を守る力が働きやすくなっています。
ところが中国の組織は、横並びで複数のグループがあり、分業し、互いに助け合いません。相手のテリトリーに干渉することは、ボスに認められた相手の立場や能力を尊重していないことになり、マナー違反になるからです。組織の中で問題を見つけても、自分の持ち場と関係なければ、マナーとして見て見ぬ振りをするのが中国。そして、問題が深刻であればあるほど、中国ではボトムアップで問題を解決する可能性が小さくなります。
トップの権威が絶対で、その他の構成員は平等に近く、組織のなかの身分は年齢ではなく、ボスの人物評価だけで決まります。このような場合、従業員間の下剋上の可能性が十分にあるので、自分より偉くなる可能性のある年少者にもいばったりしません。また、ボスからの指示や命令がない限り、後輩に丁寧に仕事を教えたり育てることもないとのこと。このあたりも、日本人からするとちょっと想像できない部分でしょうか。
益尾先生がまとめる中国の組織の構造は、実際に中国関係で仕事をしたことがある人間としては、うなづくことばかり。今、新型コロナウイルスが流行して、都市封鎖の是非が大問題になっていますが、益尾先生の本の内容をそのまま確認するかのような自体が起こっています。
トップが決断をしないと、方向修正できない中国。でも、トップの方向修正というのは「自分の失敗を認めること」だから絶対できないし、議会の機能がないので話し合って方向修正することもできません。もちろん、選挙がないので合法的にトップを替えて、方向修正することもできません。
どんな国のどんな制度でも、長所と短所があります。ましてや、未知の新型コロナウイルスです。最初は成功していたかのような中国のコロナ対策が、今の段階で非合理的だと批判を受けたら、どうするのか。そして、ロシアとウクライナの戦争に対しても、中国の対応は注目されています。
コロナ前に出版された本ですが、今の中国を理解するのに十分役立つと思います。新書ですからコンパクトですし、お値段もお手頃。読み応えは十分です。