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偉大な中華帝国のリアル運用。『中国ぎらいのための中国史』安田峰俊

日本では、歴史はだいたい、「昔あったこと」。明治維新はよかったけれど、日清・日露戦争を経て、大正時代から昭和の前半までの戦争は失敗したけれど、でも敗戦後から現在までは、そこそこ経済発展して先進国の仲間入りをした、イメージ。

古代の邪馬台国も、平安時代の貴族社会も、戦国の武士たちの争いも、江戸時代の百花繚乱の文化も、今の日本人にとって、自分たちとは直接かかわりのない「遠い昔の物語」。なんなら、ゲームや小説、ドラマ、映画の世界。中国の歴史だって、ヨーロッパの歴史だって、「遠い遠い昔のフィクション」。

でも、中国人にとっての歴史は、現実の歴史に直結したリアル。過去の偉大な中華帝国の時代は、中華人民共和国政府やその指導者、そして一般の中国の人たちにとって、日本人とは、意識が随分違います。

例えば、独裁者のイメージが定着しつつある習近平。彼が演説に、スーパースター諸葛孔明の『出師表』を引用するなんて、意外な感じがします。でも、孔明の「南蛮行」がポジティブに解釈されるのは、現代中国の少数民族問題を投影していると聞くと、なるほどと思わされるます。

そもそも、中国の近代史は、アヘン戦争に始まって、欧米に騙された暗黒時代。屈辱的な条約を結ばされ、香港などを植民地として取られた挙げ句、後進国だったはずの日本にも台湾や東北地域を取られ、戦争で国がボロボロになった時代。過去の栄光をとりもどすのが、中華人民共和国の指導者たちの使命です。

なのに、ソ連が崩壊して、東欧やアラブでも「市民革命」が起こりました。その背後には、絶対に欧米の関与があるはずだというのが中国政府の見解。なんせ、欧米列強や日本は、昔、中国に武力侵攻したり、内戦に加担した実例があります。「歴史は繰り返す」意識は強烈に残っています。

日本では人気の『キングダム』。でも、中国では始皇帝のマイナスイメージが強すぎて、あまり受け入れられないとか。日本では『三国志演義』が昔から根強い人気で、中国人よりも詳しい人はたくさんいます。一方、中国では『水滸伝』の方が人気で、毛沢東すら登場人物を評価したとか。そこまで政治的でなくても、普通の中国の人たちのアイデンティティに物語は直結しています。

だから、アカデミックな歴史研究よりも、どちらかとうと政治が優先されてしまうのも中国の辛いところ。唐という国は、世界に名だたる大帝国ですが、その国を作った人たちは漢民族というよりは騎馬民族に近い人たち。純粋に学術的な研究は、今の中華人民共和国の「漢民族」中心なアイデンティティの邪魔になります。明朝や清朝についても同じ。

その時代の指導者の価値観や、中国の国際関係に左右されてしまう「歴史」。単純に中国人の「歴史観」を知って、日本と比べて楽しむのもよし。身近に中国の人がいたり、仕事で中国とおつきあいがある場合には、今後どうやってうまくお付き合いをしていくのかを知ることができる、安田さんの本。おすすめです。


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