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世界史知識をアップデート。『帝国で読み解く近現代史』岡本隆司、君塚直隆
近代中国史・近代アジア史の専門家とイギリス政治外交史・ヨーロッパ国際政治史の専門家のお二人。長いおつき合いなので、息があっていて読みやすいし、会話形式なので、普通の新書よりもスッと頭に入ってきます。
現代の国際政治、とりわけ中国やロシア、アメリカを中心とする世界が今、どうしてこうなっているのか、近代の歴史の流れから大きく解説してくれる本書。その内容は、昔に習った世界史のバージョンアップ+α。専門的な話も要所、要所で入るので、お二人の最先端の研究成果も聞いている気分。わくわくします。
21世紀の現代で「帝国」と聞くと、皇帝がいて、圧政をしいて、領土拡大のために人々が虐げられているイメージ。まさに、いまのロシアや中国が「帝国的」と言われるのも、そのイメージの延長線。ただ、過去には「大韓帝国」のような小さな国が「帝国」を名乗っていた時期もあり、帝国のイメージも定義も歴史的に変遷してきました。
他方で「帝国主義」というときは、軍事や政治経済の方面で他の国や地域を支配するために、対外進出に積極的な国をいいます。フランスみたいに、皇帝がいなくなった国、共和制の国でも積極的に領土拡張していたり、外国に干渉していると「帝国主義的」。
中国の場合、最後の帝国は「清朝」で、近代史はアヘン戦争で中国が負けたあたりから「西洋の衝撃」みたいなタイトルで教科書に載っていた記憶。でも、岡本先生曰く、アヘン戦争に負けても中国は何も変わらず。イギリスに負けたことも恥じゃなかった。だから「夷狄を撫ける」方針で香港を割譲したり、上海なんかの港を開いたり。重視していなかったので、資料もほとんど残っていないとか。
イギリスの場合、本国にはアヘン貿易をめぐる当時の清朝の動きや、東インド会社、イギリス商人と清朝の間の衝突について、詳細な報告書が送られてきて、イギリスの大臣や議員たちはそれを読み込んだうえで議会に出ていた。この話、イメージと随分違います。アヘン戦争を研究しようとしたら、イギリスの資料なしにできないという話、考えさせられます。
アヘン戦争は、1840年に始まったと言われているけれど、実はイギリスの軍隊が中国を攻撃する前に、東インド会社の私兵が中国を攻撃し始めていたので、実際の戦争開始はもうすこし前。最終的に、イギリス議会が後追い承認したそうで、なんか昔の日本軍みたい。現地の軍が先走るのは、どの国も割と一緒なのかもしれません。
法律的にも道義的にも、アヘンを売りつけたイギリス商人が「悪」ですが、岡本先生曰く、買う人がいなければ売れない。中国国内にアヘンを買う中国人とその組織があって、利益があげていたからこそアヘンが蔓延した。日本は中国の被害状況を見て、幕府ががっちりアヘンをガードできたけど、中華帝国のゆるい政治体制ではアヘンを「違法」にはできても、取り締まるまではできなかった。
そんな中国では、人々の自衛が必須。広州を占領したイギリス軍が、女性に暴行したり、家畜を略奪したりでひどすぎたので、地元の人たちが「平英団」を組織して戦ったそうです。武器は少なくても、地の利を活かしてイギリス軍を包囲して、全滅あと一歩というところまで追い込んだ話も、中国らしい。それが報われなかったところも、また中国らしくて……辛い。
君塚先生の話も興味深いものがたくさん。日本では、「欧米」先進国と一括りされがちですが、アメリカとヨーロッパの国々がどういうふうに違うかといった話、ヨーロッパの国々の中の複雑な民族の話。アメリカとソ連に対抗するための、ヨーロッパの統合の話。
政治の話や思想の話だと、新書でも読むのが結構大変ですが、会話形式は何がいいかといって、具体的な事例をあげて説明があるところ。ウィーンのエピソード、オーストリアの話、クロムウェルの逸話、フランスの植民地統治とイギリスの違い、アメリカの「赤狩り」では…みたいに、実例つきなのでイメージしやすいです。
どこから読んでもおもしろいし、じっくり考えたい内容がそこかしこにある対談本。一気に読んで終わりにしてしまうのはもったいないので、お茶を飲みつつ、濃い話を少しづつ聞くのもあり。おすすめ。