プロの仕事、経験、プライド。映画『ハドソン川の奇跡』アメリカ、2016年。
イーストウッド監督は、実話にもとづいた映画が好きで、いくつも作品をつくっています。今回の元ネタは、2009年の1月15日にニューヨークの西側を流れるハドソン川に旅客機が着水・不時着した事件。確か、私も当時、ニュースでみた記憶があります。
空港から離陸した直後の飛行機でエンジントラブルが発生し、機長がきっちりハドソン川に不時着させて、一人の犠牲者もでなかったすごい話。もし、機長がハドソン川に着水しないで、無理に近くの空港へ引き返そうとか、別の場所に着陸しようとしていたら、グライダー状態になり、下手したら、マンハッタンのビルに突っ込んでいたかもしれなかった事件です。
映画を見る前は、きっと映画の山場は、トラブルがおきてから不時着までの、ハラハラどきどきするの操縦室内が舞台だと思っていたのに、なんと、それは前段階でした。
なぜなら、実話がそもそも離陸してから不時着するまで5分しかなかったから。そして、不時着した後も、マンハッタンの街中ということで、すぐに救急船とかヘリがやってきてくれて、冬なのに幸運にも死者がでなかったので。
だからというわけではないですが、映画のメインは、無事に飛行機を着陸させたはいいけど、その後の国家交通安全委員会の検証です。ハドソン川に着陸するという危険な方法以外に、他の手段があったんじゃないか、不用意に川に不時着して乗客を危険にさらしたんじゃないかと機長が糾弾される話。つまり、法廷劇。おどろきました。
機長役のトム・ハンクスは期待通り、とってもよかったです。働く男、プロフェッショナルをとても誠実に描いています。派手な話ではなく、「やるべきことを、やった」男。もう若くはないのに、制服を着て、ちゃんと立ってる姿だけでかっこいい。
突然のアクシデントの中で、何かアクロバット的な操縦を披露したわけでなく、大勢の乗客を乗せた航空機の機長として、やるべきことを冷静に確実にやる。そのことが、プロの誇りなのだという映画。ステキでした。
邦題では『ハドソン川の奇跡』ですけど、マスコミも奇跡だと騒ぎ立てますけれど、映画の中の機長は、何度も「これは奇跡じゃない」と言ってます。なぜなら、「私は42年間、こういったことが起こったらどうなるか、シミュレーションや訓練をずーっと受けてきたんだ。そして、そのマニュアル通りにやっただけだ」と。
当然ながら、イーストウッド監督もちゃんと機長のセリフを理解していました。なぜかというと、イーストウッド監督は朝鮮戦争のときに海軍にいて、エンジンがとまった情況に遭遇し、飛行機がなぜ川に不時着するのが難しいかを経験で知っていたから、だそうです。
ともあれ、プロフェッショナルがちゃんとチームを率いている姿は本当にかっこいいです。信頼できる副機長。自分の仕事をちゃんとやれるCAたち。あの、CAたちの「姿勢を低くして!」って掛け声はリズムがあっていいですね。日本語だとどうしても悲壮感ただよっちゃいそうなので、英語がうらやましい。
ラストのクレジットで、本物のシリー機長と当時のクルーや乗客が集まって、再会を懐かしむシーンに胸があつくなります。プロの仕事、本当にありがたい。彼らは今のコロナでどうしているだろう。プロが再び、自分の仕事をきっちりできる世の中になればいいなと思います。