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心躍る歴史冒険サスペンス。『両京十五日』馬伯庸(齊藤正高、泊功訳)

物語の舞台は中国、明の時代。日本でいうと室町時代ごろ。主人公は有名な永楽帝の孫で、皇太子の朱瞻基(しゅせんき)。首都北京から南京へ派遣されたのですが、彼が港に到着したとたん、乗った船が爆破され、事件は起こります。

ここで登場するのが、犯罪人を捕まえる下っ端の役人(捕吏)の呉定縁(ごていえん)。港であやしい人物を捕まえて、役所につき出そうとしたら、なんとそれが皇太子だったというオチ。皇太子と呉定縁を偶然受け入れることになったのが、下級役人の于謙(うけん)。科挙でトップクラスになるほど知識はあるものの、正直すぎて、左遷に左遷されて南京に流れてきた人物。

とりあえず、皇太子は于謙に褒美を与えて、自分を犯人と間違えた呉定縁を赦免して南京の役所に保護されたはずが、実は皇太子暗殺を企てていた犯人が南京で一番の実力者でした。皇太子は北京からの急使によって、あやういところを逃れます。そして、爆破事件で南京の官僚たちが大勢怪我をして、役所も右往左往する中、于謙や呉定縁と一緒に、なんとか高い壁に囲まれた南京城内から脱出し、北京へ逃れることになります。

この皇太子、本来なら暗殺されていたはずが、頭はいいのにちょっと不良で、不真面目だったおかげで、偶然命びろいします。あと、戦場経験があるのはかなりの強み。それから、役人としての正義感は人一倍で、役所仕事の知識はあるけれど、世間の事情に全くうとい于謙に叱咤され、反撃を決意。

一方で、下町や世の中のことに詳しく、頭も良くて腕はあるけれど、なにか事情を抱えた呉定縁。彼はなるべく面倒から逃れようとしますが、最終的に皇太子を守って北京へ向かう羽目になります。

そこに、医学知識のある賢くて、どんなときにも冷静な女性、蘇荊渓が加わって、4人がそれぞれ長所を活かしつつ、短所を補いながら北へ向かって、次々襲いかかる妨害を跳ね除けていきます。賢くて、強くて訳アリの女性。大好きです。

とりあえず、4人が4人ともそれぞれ事情を抱えており、それがミステリーの要素になって、少しづつ解き明かされていきます。4人がそれぞれ、偶然、自分の利益のために協力することになり、少しづつ打ち解けていく流れ。たまりません。

皇太子の朱瞻基は実在の人物だし、明の時代の南京城内の町の文化や風俗も楽しめる歴史もののアドベンチャー。白蓮教やら、盗賊集団やら、実在した組織がでてくるのも、わくわくです。

なにより、実在の中世の運河をめぐる逃亡劇は、当時の貨物運搬船や船旅のこともわかって、中国モノ好き、歴史好きにはたまりません。逃亡劇のスリリングさや、ここぞというタイミングで展開するエピソードの数々。

個人的には、一見何気ない文章や、何が描かれているかわからない手紙だったり、メモだったりが、印鑑の押し方や紙の使い方で暗号解読につながるという、ものすごく中国的な部分が大好物です。

歴史文学に定評ある作者、馬伯庸(ばはくよう)の魅力ばっちりなのではないでしょうか。読み始めたら止まらないので、週末の一気読みがベスト。眠くなるのも忘れて楽しめます。おすすめ。

日本語訳は本作品が初めてらしいので、ハヤカワさま、ぜひ他の馬作品の翻訳もお願いします。そして、いつもながら、翻訳者のみなさまのご苦労に感謝!


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