アマチュアの歴史的大発見と実話ベースのファンタジー。映画『ロスト・キング』イギリス、2020年。
シェイクスピアの演劇で有名な、イギリスの王様リチャード3世。多分、日本ではそれほど有名じゃないと思います。私が知っているのも、『7人のシェイクスピア』という名作コミックのおかげ。本題から少し脱線しますが、この作品の中でもリチャード3世の演劇は魅力的です。続きが早く読みたくてたまりません。
さて、歴史上のリチャード3世は身体が不自由で、野心家で正当な王の権利を持たない簒奪者というイメージらしく、それをシェイクスピアがあまりにもおもしろい作品にしてしまった(?)ということで、よくないイメージが定着していて、専門家の研究もあまり進んでいなかったようす。
ただ、さすが歴史の国イギリス。ちゃんと「リチャード3世協会」という歴史愛好家の組織があって議論がなされたり、論文が書かれたりはしていたけれど、墓を探すまでは誰もやろうとしませんでした。それをやったのが、この映画の主人公フィリッパです。
フィリッパは仕事がうまく行かず、健康状態に不安があり、夫とは別居状態。そんな中、息子の付き添いで偶然シェイクスピアの『リチャード3世』の演劇を見て以来、なぜかリチャードの亡霊(幻影?)が見えるようになります。
最初はとまどったものの、彼の幻影をごく自然なこととして受け入れたフィリッパは、リチャード3世に関する本を読んで、「リチャード3世協会」に入会。リチャードに関する多くの資料を集めて、彼の墓(遺骨)を探そうと決意します。資金集めに奔走し、大学の専門家を訪ねて歩き、市政府に交渉するうちに、いきいきとしていくフィリッパ。
目標に向かって邁進するフィリッパのいい影響からか、あまり良好とはいえなかった夫や息子たちと関係も良くなり、味方が少しづつ増えていきます。個人的には、女性市議の存在がポイントだと思います。そして、専門家たちがみんな無理だと思っていたリチャード3世の墓を、とうとうフィリッパはみつけるのです。
私は最初、この映画の予告編を見たとき、トロイの遺跡を発見したシュリーマンの苦労物語みたいなものを想像していました。子供のころに憧れた神話が実際の物語だと信じて、古代の言葉を猛勉強して、仕事の合間にひたすら努力するドキュメンタリーみたいな感じで。でも、この映画はリチャード3世の亡霊が現れるというファンタジーから始まったので、かなり気楽に楽しむことができました。
イギリス史の専門的なエピソードや、遺跡の発掘調査の専門的な話を期待する人にはものたりないかもしれませんが、とりあえずwikipediaには詳細な説明がありますので、興味ある方はここからいろんな資料をたどるといいかもしれません。
この映画は、いま仕事にうまくいかなくて、家族や同僚との人間関係がうまく行っていない人に、がんばるエネルギーをくれる見やすい作品。ほどよいファンタジー感、そして主演のサリー・ホーキンスが独特の魅力で素敵です。
せっかくなので、大好きな『7人のシェイクスピア』も紹介します。第一部がこちら。シェイクスピアの若い頃のひどい挫折から、故郷を捨てて夢を目指すまで。カトリックへの弾圧とか超身分社会とか、中世的なイギリスはきついですが、そんな中でシェイクスピアが仲間を得て、夢を実現しようと決意するまでの物語はワクワクします。
第二部は、ロンドンにたどりついたシェイクスピアたちが、慣れない大都会で劇の脚本を売り込みながら、仲間や支援者を増やしていき、少しづつ成功していく話。薔薇戦争やリチャード3世、マクベスなど演劇の臨場感も秀逸です。連載の再開が待ち遠しい限り。