上質な仙侠ミステリーでファンタジーで人間ドラマで群像劇。『天官賜福』墨香銅臭、1・2巻
少し前から、中国で取締をめぐる経緯なんかを多少チェックしていて知った本ですが、実際に読むのはちょっとハードルが高い気がしていました。でも、昨年夏ドラマ『陳情令』を見て、その勢いで『魔道祖師』全4巻を読んだら、もう怖いものはなくなりました。アニメも人気らしく、ちょくちょくトレンドにあがっていましたし、これだけ注目されているなら読まないわけにはいきません。ということで、読了しました。
この『天官賜福』は台湾の出版社から出ていて、繁体字版は全6巻。日本語訳は2巻が出たばかり。これはすごく、私にちょうどよかったです。というのも、1巻は話の展開的には導入部分で、伏線があちこち貼られていても、物語全体のおもしろさがわかるのは2巻以降なので。
2巻を読むと、もう3巻が気になって気になって、原作に手を出すレベルでした。人生初の中国語の小説読破です。ちなみに、アニメ1期は大体1巻の8割くらいまで。以下、ネタバレない(はずの)感想ですが、原作最後まで読んでしまったので、微妙に滲んでいたらすみません。気になる方はご遠慮ください。
■
『天官賜福』は仙侠ファンタジーというジャンル。この物語では、この世は天界、人界、鬼界に分かれていて、傑出した人物が修行して「飛昇」して「天官」になります。誰がいつ、どういうふうに「飛昇」するかは、そのときの天界を統べる帝君でも関与できない(ただし、天界にいる神官を人間界に追放することはできる)ところが、すごく道教的です。
一方で、不幸な死に方をしたり、この世に心残りがある人が怨念を持った「鬼」になる。これは日本の「祟り」に近い感じもしますが、道教的な世界観では、「鬼」は日本の「鬼」でも「幽霊」でもなく、西洋的な「悪魔」とも違うのがミソ。そして、すごかった人が「神官」になるか「鬼王」になるかは紙一重って世界観(「人は上にいっても、下に行ってもやっぱり人」)も、人界と鬼界の境目が曖昧なのも道教っぽいです。
この物語では天界は一応人間界と隔絶していて、「武神」と「文神」からなる官僚制で、帝君を中心に組織が運営されています。総勢100人未満の神官たちは、人間界の宮廷官僚並にエゴイスティックで、日和見で、利益がないと動かないし、正義よりも面子が大事な人が大半だし、罵りあいも殴り合いもします。官僚主義な分、子供の頃に読んだ人間味あふれるギリシャ神話の神様たちよりもたちが悪いように見えます。
何より、人間を石ころのように見ている神官が多数。それは「神仙になりたければ、まず人傑にならなければならない」し、「人間界で功績を挙げて大事を成した者、優れた才能や器量を持つ者」が飛昇できる確率が高いので、天界は必然的に元国王や元王女・王子、元将軍ばかりだからって、設定からして中国らしい(≒身も蓋もない)よなあと。こういう現実的なのも好き。
主人公の「謝憐」(シェリェン)も仙楽国の太子(王子)。小さい頃から世俗的な欲望に興味がなく、正義感にあふれて、武術が大好き。人々を悩ませていた怪物を倒して、たった17才で飛昇して「天官」(武神)になります。ところが、若すぎて正義感ありすぎて、生まれ育った仙楽国の危機を見過ごすことができず、「天官」は人間界の私的なできごとに介入してはいけない、人前に姿を見せてはいけないという決まりを破って、天界から追放されてしまいます。
さらに悪かったのは、どれだけ心を砕いても、自国内の旱魃は止められないし(武神だし)、難民が皇都に流入するのも反乱起こすのも止められないこと。人々は争い、隣国が介入して反乱軍は勢いをますし、そのうち疫病が流行るしで、結局仙楽国は滅んでしまいます。こういう、水を巡る争いって中国史あるあるです。そして、私は雨師みたいな人好き。
結果、謝憐を祀る廟は焼かれ、神像も破壊されて、疫病神として唾棄される存在になる主人公。彼の正義感が空回りするどころか、逆効果の2巻の後半は読んでいてつらすぎます。あと、彼の従弟は明らかに軽度の精神疾患抱えてますよね。それも辛い。
でも、1巻から2巻の前半までの彼は、800年苦労を重ねて達観して、正義感や正論で世の中が救えないことを身をもって知り、「武神もガラクタの神も大差ない」と自虐のジョークもとばしつつマイペース。自分からは決して攻撃しないけど、防御力はものすごく高い。私はこういう主人公がすごく好きで、引き込まれてしまいました。
もし物語のスタートが、王子に生まれて、正義感・万能感にあふれた頃の主人公だったら、ちょっときつかったはず。さすが小説家さんは、読者を物語に引き込むのがうまいです。主人公は、選ばれし人だけが1回しかできない飛昇を3度も経験しているし、その度に天界を揺るがしているので、途方もない神官としての力を持っているのは匂わされています。でも、その法力を決して使おうとしません。なぜなのか?
現在、主人公があちこちで汚名をかぶっているのはなぜで、いろんな事件は今後どう物語全体に関わってくるのか。主人公の過去になにがあったのか? 彼をとりまく天官や鬼たちがどう関わってくるのか? などなど、読者は読めば読むほど知りたくなるのが良質のミステリーたるゆえん。
そして、もう一人の主人公、鬼王で「血雨探花」「花城」と呼ばれる青年三郎(サンラン)は魅力しかありません。1巻から2巻の途中まで、謝憐と三郎の何気ない会話や視線のやりとりだけで心高鳴ります。ラブシーンらしい描写がまるでないのに、手を重ねるだけで心動かされる小説は久しぶりです。
2巻後半で、三郎の生まれが最悪で、周囲にも破滅しかもたらさない「天煞孤星」だったことがわかるのですが、正義感に溢れすぎている主人公に救われて、最悪の境遇に救いを見出して、主人公だけが彼の心の支えになっていく過程は読ませます。そもそも、1巻の途中から登場するパーフェクトな彼と、2巻の子供の彼の境遇の落差が断崖絶壁レベルで、気になりすぎです。
そして、脇役たちもすごく魅力的です。この作品も『魔道祖師』同様の群像劇で、たくさんの登場人物たちが登場して、彼らの生い立ちとか人間関係もしっかり描かれて読み応えあります。特に、1巻から嫌なヤツだと思っていた某神官が4巻以降頼もしく思えたり、ちょっとしか出てこないと思っていた神官が、後半ものすごく要所要所で重要な役割を果たしたりする展開は大好きしかありません。
2巻まででいうと、主人公2人以外に好きなのは風師。それから、三郎の持つ伝説の湾刀厄命(オーミン)が反則にかわいいです。そして、1巻からずっと○○って「なんで本当のことを言わないの?」、「それか、認識間違ってる石頭?」などもろもろ不思議だらけでしたが、ラストまで読んだら納得感しかなかったです。
ミステリー好きの娘曰く、「主人公も含め、登場人物は皆嘘をつく」。私はミステリーに疎いので、いつも作者の手のひらの上で転がされます。だって、そのほうが圧倒的に楽しいから。『天官賜福』は良質なミステリーで道教的な仙侠ファンタジーで、群像劇で人間ドラマ。シリアスだけど、要所要所でコメディ(ラブコメ)とかもはさまってて、ストーリーテリングのさじ加減も絶妙です。
とはいえ、やっぱり中華的仙侠世界はよくわからないという方は、とりあえずアマプラその他で無料で見れるアニメの日本語吹き替え版の1話を見て、登場人物たちビジュアルとか、天界のお約束もろもろのシチュエーションをイメージできる状態になってから、小説に手を出すのがベストです。私も、アニメ見ていなかったら、小説を読んでも解像度が低くてはまらなかった気がします。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?