草原の魅力が満載。『まんぷくモンゴル! 公邸料理人、大草原で肉を食う』鈴木裕子
保育園の調理室勤務だった鈴木さん。保育園の仕事を18年間続けながら勉強し、日本、西洋、中国、すし、給食用特殊、麺類の専門調理師実技技能士の資格をすべて取得したツワモノ。これって、専門職の人がトライするような国家資格なんだそうです。
鈴木さんのこの本は、「保育園の給食のおばさんがモンゴルの公邸の料理人になった」という意外性をキャッチコピーにしていますが、実際に本を読んでみると事実は逆。料理好きで旅好きで、好奇と探究心が心旺盛でタフな鈴木さんが、たまたま最初に選んだ仕事が保育園の給食の調理師だっただけという感じがします。
娘の通っていた保育園の調理師(栄養士?)さんも、毎日子供たちに「愛してるよ!」と挨拶して、食べ物のことをものすごくおもしろくお話してくれる体操のお姉さんみたいな方だったので、小中学校とは違って保育園の調理師さんは人材が多彩なのかもしれません。
普通、この手の本は、日本とモンゴルの仕事環境の違いに戸惑うところから始まり、現地のモンゴルの人とのトラブルなんかを経験しながら、少しづつ職場になじんでいくのがテンプレ。でも、鈴木さんは本の最初から何の違和感もなくモンゴルで生活しています。読者をいい方に裏切ってくれる本は好感度大です。
しかも、鈴木さんの文章はとてもいきいき草原の動物たち(人間含む)のよう。音楽や芸術に国境がないように、料理にも国境がなくて、あるのはただ生活環境や植生の違いからくる合理性の差だけという感じ。この本につまっているのは、世界は広くてモンゴルはワイルドで、楽しくておいしいというエピソードです。
例えば、モンゴルの普通のキャンプは長くて、大勢で3週間野営とかもザラだとか。国の広さとキャンプ概念の幅はリンクするようです。鈴木さんが誘われた職場の休日BBQは、途中で羊を買って目的地についたら、みんなで分担して解体&調理して食べるとか。
命を奪うときには大地に血を一滴も流さないのがモンゴル流。大地を汚さず、羊も苦しませない。取り出された内蔵はまだ温かく、肉も柔らかい。腸はきれいに水で洗って、中に血をつめてソーセージにするとのこと。
モンゴルは海がないので、当然ながら塩は岩塩一択。しかも、かなり荒いとか。でも、最近は日本でも輸入食材のお店でピンクのかわいい塩を見るようになりましたね。あれって、モンゴルから来ているのかも?今度羊肉を焼くとき試してみたいです。
肉や動物の話のほか、野菜(植物)の話もおもしろいです。モンゴル人の感覚だと野菜は肉に入っている(=羊が食べている)から、わざわざ食べる必要がないとか。そして、実際モンゴルの植物は人間が食べるのには不向きなものが多い。植生の違いはやっぱり大きいんですね。そのせいか、豆は日本では想像もできないくらいに種類が多くて重要だとか。
あと、内陸のモンゴルは乾燥しているので、匂いを運ぶ湿気が少なく、市場でも食材の匂いが薄いとか。ラクダの肉はおいしくないけれど、2週間飲まず食わずで大丈夫なラクダは、草原で暮らす人にとってものすごく重要なものだとか。
料理や食べ物以外で一番印象に残ったのは、鷲や鷹の話です。モンゴルの草原には木がないので、鷲や鷹が地面に立っているとのこと。なんか、カラスみたいでかっこよさ半減ですよね。こんなモンゴルの日常エピソードの数々。最高に楽しい読み物です。というか、読書中、常に「飯テロ」状態。楽しいけど辛い。辛いけど、楽しい。
唯一この本で残念なのは、カラー写真が少ないこと。そして新書サイズなので写真が小さくて、しかも白黒写真が多いのでちょっと見づらいこと。せっかく大草原のおいしい料理の本なのに、写真が充実していないのは残念。この本がたくさん売れたら、続編で写真メインのエッセイ本がでるとうれしいなあ。