【パリが私に教えてくれたこと】私らしい呼吸の仕方
フランス・パリに住んで感じたこと。街を歩いていても"同じような人"が、全くいない。そもそも日本にしか住んでいなかった私はその違和感に、住んで初めて気付いた。
日本にいると、「みんなと一緒」が好まれる。学生の時も、空気を読んで周りに合わせて会話をしたり、仕事でも笑顔で相手の気分を害さぬよう話を進めれる人が「仕事が出来る」「いい人」と評価されたりする。(私も評価されるために、やっている)
パリでも、そういう人もいないわけではないが、何かが違うと思った。その違和感の正体は何か?
それは、「自分にとっての良いこと、悪いこと。好きなこと、嫌いなこと」を表現していることだ。
日本人はこれを隠して「謙虚」という言葉に丸め込まれ、自分らしさが覆い隠されてしまう気がした。
もちろん、だからといってわがままに振舞っていいということではない。そこがポイントで、フランス人はその辺のアクションがとても洒落ていると思った。
素直なんだけど、憎めない。素直だから、こちらも素直になれる。素直に表現しないと、じゃなく、素直に表現することが美しさや個性になる。それを国全体が受け入れ、寛容なムードに思えた。
私はそれが、とっても楽だと思えたし、それまで過ごしてきた自分の人生が肯定された気さえした。(けっこう、本気で)
いいんだ、これで。言っていい、やっていい。私ってこんな風に笑うんだ、泣くんだ。自分の知らない自分なはずなのに、これが自分だなと思えた。
海外に住んだことのある人なら、少なからずこの気持ちは分かるかも知れない。私は他の国には住んで生活をしたことはないので(短期滞在、旅はあるが)どんな感じかは、分からないが、フランスはとても自分に合っていると思えた。
実際向こうに住む人に、なんかすごい合ってるねと言われていたことや(ピンとはきていなかったが、それが合っているということだったと今は分かる)
フランス人の暮らし方、考え方が好きだった。好きというか、ラクだと思った。生きやすいというか円滑というか。そこに居ることが違和感なく、滞らない感じ。
ある時、フランスに25年以上住む日本人マダムに言われた。
「たんまるちゃん、もうパリを知っちゃったから、この先心から満足いく場所見つけるの大変かも」
会話の中でさらりと言われ、その時の私の頭の中に浮かんだのは"?"だった。たしかにパリは素敵な場所だけど、その時にはそこまでピンときていなかった。
パリから帰国して3年が経ち、今の私はその言葉がズキズキと痛む。時々、ふつふつと湧き上がる私の中のマグマ。抑えてたつもりだった(そもそも抑えなくていいのだけれど)
フランスから帰国し、日本に住んでいる間私はずっとパリに住んでいた時の「フィット感」を探していた。たった一年住んだだけ、きっと違う。恋愛と一緒で、過去は美化されるもの。
そうやって、自分に言い聞かせてきていたが、もう違うことは明確なのだ。
もう、自分に嘘をつくことをやめたい。
ずっとその気持ちを打ち消すかのように、目の前の仕事を必死でこなし、結果を出すことに夢中になっていた。目標は次々とクリアし、目標以上の結果を生み出すことも出来た。沢山の方と出会えて、喜んでいただけて、キャリアも順調、懐事情もフランスに住んでいた頃の私とは雲泥の差。いわゆる、今、とても順風満帆なのだ。
しかし、楽しくない。心から笑ったこと?なかったかも知れない。
無理にでも笑っていないと、今の自分を肯定しないと、ここに居れないような気がしていた。努力をした分、こんなに頑張って手に入れたものは自分にとって良いものに違いないと思っていた。それも全て、何かが違っていた。
自分の気持ちに気づいた時には、心は半分死んでいた。何が楽しいと思うのか、好きなのか、笑えるのか分からなくなっていた。
私の心の奥の、リトルたんまるは叫ぶのだ。(言い方ダサくてごめんなさい。これがぴったりかと)
「人と同じとかつまんないじゃん。てゆーか、昔からあなた、心から話が合うなーとか思える人いなかったじゃない。自分の好きな話とか、ワクワクすることとか周りに話しても、引かれてるの分かって話すのやめてきてたじゃん。人のこと好きなのに、自分らしく、話したら仲良くなれなかったし。自分を閉じ込めてないと上手く付き合えないもんね。」
私はもしかしたら、性格が良くないのかも知れない。それでも、素直になればそういう心の叫びがあることは、本当なのだ。
人とは違う自分に、子供の頃から気づいていた。何故かはあげたら色々ある気はするけれど、本音はなんとなくだ。なんとなく、感じるし思うのだ。そして、そのなんとなくが一番淋しく、どうしたものかといつも思っていた。
表面では誰も気付いていないと思う。今まで言われたこともないし、どちらかというと友達が多くて誰とでも仲良くなれる人、と思われているタイプだ。
偽っているつもりはないが、周りに合わせていい人を演じていたら、そうなってしまった。
そしてそれを話すと、なんか暗くなるような気がするので話せなかった。みんなそれぞれ、あるものね。
何が言いたいのかというと、パリはそんな私が心から生き生きと出来た場所だった。
まるで、初めて海から陸にあがった生き物かのように、呼吸がしやすくなった。私は、息苦しかったんだと、自覚した瞬間だったと思う。