『本居宣長』が多すぎる

 平山周吉という人(「雑文家」らしい)が先崎彰容『本居宣長』の書評を書いていた。

 内容的にはどうでもいいことしか書いていない。

 やれやれと思ったのは最後の一文。

 先崎の発見した「私たちが考えるよりもはるかに人間通」な宣長の後半生が、この後も描かれることを期待する。その時、小林秀雄『本居宣長』(新潮文庫)、熊野純彦『本居宣長』(作品社)に続く『本居宣長』となるだろう。

 前の記事(これこれこれこれ)で批判したように、先崎の本ははじめの50頁ほどだけでも、めちゃくちゃな事実誤認をふくんでいる。文章は無暗に深刻ぶって江藤淳ごっこをしているだけ。文芸評論の金字塔である小林秀雄の『本居宣長』はもちろん、膨大な文献を参照して近代の日本人が宣長をどのように読んできたのかをたどった熊野純彦の『本居宣長』とも、到底比肩できる本ではない。

 そもそも『本居宣長』という本が何冊あると思ってるのか。ヨイショするにしても、もう少したしなみがあってほしい。やれやれ。

 そう思ったところで、そういえば『本居宣長』という本は何冊あるんだろう、と改めて気になってきた。ちょっと調べてみると・・・

・1911年 村岡典嗣『本居宣長』  実証的な宣長研究の古典的名著。
・1936年 藤村作『本居宣長』   著者は東大初の近世文学研究者。
・1937年 河野省三『本居宣長』  國學院の神道学者による宣長論。
・1943年 蓮田善明『本居宣長』  著者は日本浪漫派の詩人・批評家。
・1965年 芳賀登『本居宣長』   草莽の国学研究で有名な人。
・1968年 田原嗣郎『本居宣長』  儒教・国学の研究者。講談社現代新書。
・1977年 吉川幸次郎『本居宣長』 高名な中国文学者による宣長論。
・1977年 小林秀雄『本居宣長』  みなさんご存じ批評の神様。
・1978年 相良亨『本居宣長』   日本倫理理想史研究の碩学。
・1978年 本山幸彦『本居宣長』  教育思想史の研究者。
・1980年 城福勇『本居宣長』   著者は平賀源内の研究で有名らしい。
・1986年 高橋正夫『本居宣長』  医者としての宣長をあつかった本らしい。
・1988年 高野敏夫『本居宣長』  歌舞伎や世阿弥についての著作がある。
・1991年 菅野覚明『本居宣長』  日本倫理思想史の研究者。
・1992年 子安宣邦『本居宣長』  日本倫理思想史の研究者。またかよ。
・1996年 中島誠『本居宣長』   For Beginnersという入門書シリーズの一冊。イラストつき。
・2012年 山下久夫『本居宣長』  コレクション日本歌人選の一冊。著者は国文学者。
・2014年 田中康二『本居宣長』  第一人者による入門書。中公新書。
・2018年 熊野純彦『本居宣長』  西洋哲学研究者による宣長論。場所をとる。
・2024年 先崎彰容『本居宣長』  ←New!!

(『日本思想大系』みたいな宣長のアンソロジーは除く。見落としもあるかも。)

 ちょうど20冊。すごいですね。通俗本が山ほどある戦国大名とかじゃないと対抗できない気がする。ちなみにわたしが通読してるのは5~6冊。

 著者の顔ぶれも宣長の専門家だけでなく多くの分野の研究者、碩学、批評家まで幅広い。もはや「本居宣長」という文字列が単なる人名ではなく、ひとつの思想用語みたいになっている。よほど自信があるか、よほどあつかましくなければ、『本居宣長』という本など出せないだろう。

 先崎彰容『本居宣長』があつかましいと思うのは、こういう過去の名著の数々の威光を借りて杜撰な本を売ってやろうという思惑が透けて見えるところ。だいたい宣長の前半生しか扱っていなくて、紙幅のかなりの部分をこれまで宣長論の批判や「西側」がどうのこうのという図式の説明に当てている本で、このタイトルをつけることがあつかましいと思う。正直、著者がどこかに連載していた『本居宣長の世紀』とかいうタイトルだったら、本書へのいきどおりは4割減くらいになったかもしれない。

 と思っていたら著者のインタビューで信じられない一言が・・・

今後も研究を続け、本作を含む宣長3部作を構想している。

  3部作ですか。じゃあやっぱり次は『宣長とその時代』ですか。いやいや『宣長は行動する』『宣長の思想を排す』『宣長余波』とかですか。個人的には『宣長とアーサー王伝説』を推しますね!

 ・・・・・・。

 ごっこ遊びは終わりにしていただきたいですね。

 

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