![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/148145241/rectangle_large_type_2_ab5675bcda65661fa70222be65c80467.png?width=1200)
Photo by
noouchi
じぶんの体験でさえ忘れてしまう、わたしたち。
自分でおこなった貴重な省察は、できるだけ早く書きとめておくべきである。これは、当然な心がけである。われわれは自分の体験でさえ時には忘れてしまうのであるから、まして自分が思索したことは、どれだけ忘れ去るかわからない。それに、思想というものは、われわれの望みどおりの時にやってくるものではなく、気まぐれに去来するものなのである。
日々を暮らしていると不思議な事はよくあるもので、今日仕事をしながら、たまたま机に置いてあったショーペンハウアーの『知性について』という本を開いてみた。
たまたま開いた箇所が、胸にずしりと刺さる言葉だったりすることは、珍しいようでよくあったりする。
冒頭に引用した文章は、まさに、今の自分にドンピシャな内容だったから不思議である。
最近は多忙にかまけて、何か自分が感じたり、学んだりしたことを何かに留めておくと言う努力を怠っていた。
その結果、日々はなんとなく過ぎていった。
毎日は同じように見えて、実は違うんだけれど、意識的に何かを捉えようとしないと、それはただの1日として終わってしまう。
ショーペンハウアーが言う通り、私たちは覚えているようで、意識しなければ、たくさんのことを忘れている。
だからこそ、こうやってノートに記事として書いてみたり、何かを自分のノートにまとめてみたりすることはすごく大事なことだと思う。
ただその一方で、忘れたいこともあるから、そのバランスは難しいのだけれど。