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じぶんの体験でさえ忘れてしまう、わたしたち。

自分でおこなった貴重な省察は、できるだけ早く書きとめておくべきである。これは、当然な心がけである。われわれは自分の体験でさえ時には忘れてしまうのであるから、まして自分が思索したことは、どれだけ忘れ去るかわからない。それに、思想というものは、われわれの望みどおりの時にやってくるものではなく、気まぐれに去来するものなのである。

『知性について』ショーンペンハウエル著 細谷貞雄訳 岩波文庫

日々を暮らしていると不思議な事はよくあるもので、今日仕事をしながら、たまたま机に置いてあったショーペンハウアーの『知性について』という本を開いてみた。

たまたま開いた箇所が、胸にずしりと刺さる言葉だったりすることは、珍しいようでよくあったりする。

冒頭に引用した文章は、まさに、今の自分にドンピシャな内容だったから不思議である。

最近は多忙にかまけて、何か自分が感じたり、学んだりしたことを何かに留めておくと言う努力を怠っていた。

その結果、日々はなんとなく過ぎていった。

毎日は同じように見えて、実は違うんだけれど、意識的に何かを捉えようとしないと、それはただの1日として終わってしまう。

ショーペンハウアーが言う通り、私たちは覚えているようで、意識しなければ、たくさんのことを忘れている。

だからこそ、こうやってノートに記事として書いてみたり、何かを自分のノートにまとめてみたりすることはすごく大事なことだと思う。

ただその一方で、忘れたいこともあるから、そのバランスは難しいのだけれど。

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