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自衛艦に軍艦鳥?【自衛艦は軍艦ではない!国内では】《自衛隊ばなし》


月月火水木金金


令和3年に定年退官した。
22歳から55歳までの33年間海上自衛官であった。

全部で7隻の艦艇に乗組み、合計17年間の海上勤務でした。

旧帝国海軍式にいえば、ほぼ「艦隊勤務」である。
「月月火水木金金」の生活が当たり前だ。

海上自衛隊は軍隊ではない。
もしも「日本を攻めて占領する!」という
不埒な輩が食指を伸ばしたのが偶然日曜日の場合。
当直以外の隊員は自宅か隊舎で休息している。

有事の際に
「今日は日曜日です。当直じゃないんで出勤できません!」
となったら何が起こるのか自明だろう。

したがって代休が半年で50日分溜まっても文句は言えない。
海上自衛隊は労働三法の適用対象外だ。
休日が半年間ゼロでも法律違反ではない。
民間企業なら新聞沙汰だ。


頑丈でなければ務まらない


都合4度中東派遣やアフリカに勤務した。
一回の期間は半年強である。
それ以外にも遠洋航海で北米にも・・・
海上自衛隊では5回や6回の海外勤務・派遣は
ちっとも珍しくない。
問題なのは海外では休日がなくなることだ。

私の在職中は、海外で勤務する隊員は
「手当と引き換え」
に休みがとれない構造であった。
休暇ではなく土日の休みが取れない。

防衛庁時代から、わが自衛隊はとある霞ヶ関官庁の植民地だった。
外務官僚は任地に着任する以前から仕度料(海外赴任の準備金)を含め手厚い手当を支給される。
海上自衛官には普段の乗組手当に
「航海手当4区(海曹長で約1000円)」と
「特別勤務手当」が1400円上乗せされるだけだ。

植民地の民であるから宗主国には逆らえない。
本社の偉いさんのように下請会社同様の防衛省では
経理課長など重要なポストを親会社の出向者が牛耳っている。

親会社の人間が幅を利かせているせいか知らないが
「海外では手当をもらうために土日は消化するな!」
という妙な慣習があった。
なぜ土日に休んでいけないのか理屈がわからないまま、
若い隊員もじっと耐えていた。
海上自衛官が不人気職種なのも当然である。
因果応報だろう。

船が母港に戻らないと休めない【自衛艦の因果】

航海中は1日に3から4回当直勤務が回ってくる。
体調不良でもなければ休みがないのは船の世界では共通だ。

寄港地で、代休や土日の休みはとれないという不文律も
やはり船の世界では当たり前なのだろう。
不人気職業に自ら志願した自分を呪うしかなかった。

航海中の楽しみはふたつある。
ただしひとつは日本に戻らないと叶わない。
「日本に帰ったらあそこで一杯やって、〇▽温泉で・・・」
という計画を練ることだ。

旅行は計画段階が一番楽しいというが、
公務とはいえ旅行中なのに
「戻ってからの旅行を楽しみに旅行を続ける」
とは本末転倒である。

非番の時間、ベットに横になったり机に座って
「まわし読みの旅行雑誌や旅行ガイド」
を読む乗組員は多い。

遠い日本の街角を夢想しながら、
何度も何度も数か月先の行動を考えるのが楽しみとは倒錯の極みだ。

しかし、人間にとって将来の希望こそが精神の安定剤である。
それに時間は掃いて捨てるほどある。
現実逃避の行動は矯正中の受刑者と同じなのかもしれない。
残念ながら塀のなかに落ちた経験はないので真偽のほどは定かではない。

もうひとつ【海の楽しみ】

もうひとつの楽しみは海洋動物や鳥類との遭遇だ。
イルカ、クジラ、シャチ、ラッコ、サメほか
各種の魚や鳥とのめぐり逢いは格別だ。

一度母港を離れると2か月は陸地をほとんど拝めない
とある船に乗っていた時の話だ。

何気なくブリッジの下からマストの通信機をながめていた。
視力が落ちたせいなのか、見慣れない位置に
新しい通信機が仮設されたようにみえる。

「あそこに機械なんてあったかな?ついに幻覚がみえたか?」
と再度凝視すると体長1メートルはあろうかというグンカンドリが
休憩中であった。

図鑑でしか見た事がない大型の鳥が、
逃げもせずコチラを睥睨している。

軍艦鳥on the自衛艦

陸地が見えない大洋のど真ん中で
自衛艦にグンカンドリとはシュールというより皮肉だ。
自衛艦は日本国内では軍艦ではない。
海外に行くと突然軍艦扱いされるが、日本の法律に軍艦は存在しない。

グンカンドリは水鳥のように水面に浮いて休憩できない。
それゆえ、通りかかる船を止まり木代わりに休憩する。
よりによってわが船で御休息あそばれるとは。

「休憩に御代はいただきません。
ただし糞尿でデッキを汚されると後で塗りなおしが発生しますので
その点だけご留意ください。」と心の中で話しかけると『フン』とそっぽを向くように
反対側へ首をむけた。

行き交う船もない洋上で休憩場所をみつけた彼にはまさしく
「渡りに船」であったろう。

3時間後に様子を見に行くとほぼ同じ場所で居眠りでもするように、
目を閉じていた。
人間の気配で目覚めたようで、再度コチラを凝視している。

「ああアンタか!もう少し寝るので少し静かにしてくれ」
と言わんばかりの表情である。

サウナの休憩室で居眠りするおじさんや、
新幹線の座席でうたた寝するサラリーマンのように
グンカンドリの背中には哀愁が漂ってみえた。
(どこが背中でどこがお尻か毛むくじゃらで不明だが)

無学な私は、鳥類に人間のような背中や肩が存在するのか知らない。
さらに6時間後も休憩されていた。
起こさないようにすぐに現場を離れた。


施設利用料未徴収

「まだいるかな?お客様の食事はどうしようか」
と思案しながら9時間後に様子を見に行くと
すでにご出立されていた。

わが船で約9時間休憩したようだ。
利用者アンケートも書かれていないし
施設利用料もいただいていない。
それどころかお名前も頂戴していない。

せめて出発時刻ぐらいは教えて欲しかった。
「いってらっしゃいませ、お気をつけて!」
と頭を下げ、お見送りしたかった。
残念至極だ。


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