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貧乏ピッツァ【読書感想】

貧乏な人間にとって、食材を選ぶ自由はあまりない。そうした食材は栄養価が豊富すぎるためか、現代では貧乏な人は太りやすいとの研究結果がある。ここでは貧困と肥満の問題には踏み込まないが、世の中には貧乏な人たちがなんとか日々を生き抜こうと生み出す”貧乏飯”がある。

食材としては米やパスタなどの炭水化物、ジャガイモ、もやし、鶏むね肉などがメジャーだろうか。私は大学生時代に卵かけご飯や鶏むね肉をローテーションしたため、現在はこれらに少し苦手意識が芽生えてしまった。嫌いと言うほどではないが、あまり好んで食べようとは思えない。戦争を生き抜いた人はジャガイモに似たような感想をよく抱くという。

テルマエ・ロマエの作者のヤマザキマリさんにとっての貧乏飯──それは日本では時にご馳走のようなイメージもあるイタリアンのピッツァやパスタである。

一生分の貧乏と辛酸を味わった国

ヤマザキ氏は絵の勉強をするために10代の大半を過ごしたイタリアについて、「一生分の貧乏と社会で味わうべき辛酸を体験させられた国」という印象があるそうだ。

ところが、1990年代にヤマザキマリさんが戻ってきた日本ではイタリア=海の向こうの憧れの国であり、オリーブオイルに鷹の爪と塩コショウで味付けした”素パスタ"(アーリオオーリオからニンニクすら抜いたものだろうか…?)が1500円でレストランに並んでいた。思わず、「これ原価は100円を切っていると思う…」と話したところ、女性友達は仰天したそうだ。

不思議なもので、たまたまそのレストランにテレビ局のプロデューサーがおり、その場でイタリア料理を紹介してくれないかと口説かれたそうだ。そこで、テレビに出演して、家賃もインフラ使用料も払えずにいた、ヤマザキ氏と同棲していた詩人の彼氏を飢えから救ってくれたレシピを紹介。すると主婦からの感謝と、イタリア料理店からの苦情が両方寄せられたという(笑)

食べていたのは以下のような料理だ

・アーリオオーリオ:唐辛子やニンニク、オリーブオイルなど家庭にある調味料で安く手軽に作ったパスタ。”素うどん”みたいなもので、イタリアのレストランのメニューには載ってないそうだ

・パッパ・パル・ポモドーロ:硬くなったパンをトマトと煮込んだパン粥

Web マガジン 「ITALIANITY

・茹でたジャガイモにバターと塩コショウと安価なチーズをかけて溶かしたもの(正式名称無し、あえて言うならふかし芋のチーズがけ?)

・リボリッータ:ミネストローネに硬くなったパンを入れて煮込んだもの

出典:Web マガジン 「ITALIANITY

リゾットだってグリーンピースを入れて上からオリーブオイルをかけるだけで春らしい一品になるし、ショートパスタもバターとパルメザンに塩コショウだけでも十分に美味しい。イタリアンパセリを大量にみじん切りにしたものを溶き卵に入れて焼いた卵焼きも良く作ってたし、シンプルに豆とパスタを煮込んだだけのものも食べてたそうだ。

(これらの料理に加えて)ピッツァも釜やオーブンなど焼ける装置さえあれば、シンプルな材料でかつ満腹感をもたらしてくれる。貧しい南イタリアを支え続けてきた大切な料理である。

ヤマザキマリ

ピザは世界各国で食べられている貧乏飯と言える。ちなみにイタリアでは豊かな北部では、ピザは薄いクリスピー型であったり、ふちは残すのが主流であるのに対して、貧しい南部のナポリ風ピザでは厚くふわふわもちもちで最後まで食べるという違いがあるのだとか。

実は、アメリカではピザは「飲んだ後のシメ」としても定番だそうだ。人間は飲酒後、肝臓がアルコールの分解を優先してしまい、ブドウ糖の合成を後回しにする。血糖値を上げるために身体は炭水化物を求めるーという体の動きからは実に合理的な食材だろう。

日本の場合、酒のあとの〆で定番はラーメンだろうか。上述の炭水化物に加えて、ラーメンのスープには昆布だしに含まれるグルタミン酸や、とん骨スープに含まれるイノシン酸など、アルコールを分解するのに役立つ旨み成分が詰まっているのだそうだ。実際は脂とかもあるからあまり健康上は良くないかも。

各国の締めの料理には以下のようなものがある。
アメリカ:ピザ
スコットランド:プライドポテトにフライドチキン
トルコやイギリス:ケバブ
アイルランド:フィッシュ&チップス
チェコ:チーズの揚げ物
中国:串焼きや小籠包
ドイツ:カリーヴルスト(カレー粉とケチャップで味付けしたソーセージ)

ガリーウルスト(出典:伊藤ハムHP)

タイ:パッタイ(タイ風の焼きそば)
ギリシャ:蜂蜜をかけた揚げ菓子(ディプラ?)

とにかく飲んだ後にスッキリしたいなら脂質に糖質と言うのは世界で共通のようだ。

鍋は食べる温泉

貧乏な人が野菜を摂るのに効率的な食事、それが鍋だと個人的には思う。多少下ごしらえが面倒かもしれないが、適当に白菜と野菜をぶち込むだけで数日分の食事になるだろう。

イタリアではボリートミストと言う鍋がある。真面目なレシピとしては牛舌と鶏、豚に玉ねぎなどが必要なようだが、ポトフのようにお好みのお肉とお野菜を煮込んでいるというのが実情であり、ヤマザキ氏が敢えて訳すとしたら”雑多煮”だという。


ボリート・ミスト
出典:ラゴスティーナ

お金がない学生時代、ヤマザキ氏は世話になっていた老作家の家でよくボリート・ミストを振舞われていた。野菜は細かく刻むのではなく、玉ねぎであればごろっとそのままか半分、ニンジンも下手したら丸ごと入れてしまう。鍋の中はぎゅうぎゅうになるのが常だ。

これ一つで料理が完結することが素晴らしい点で、前菜 兼スープとしておなかをふくらませつつ、出汁を取り切って味がなくなった肉にはソースをかけることでメインとする。このソースで地域差、家庭差が出る。ヤマザキ氏がいたヴェネト州では、「クレン」と呼ばれる西洋わさびをつけて食べる人が多いそうだ。

日本だとおでんに近い存在だろうか。鍋料理は世界各国で気取らない庶民の食べ物として、その地位を築いてきた。韓国のキムチチゲやタイのトムヤンクンにタイスキ、四川省の火鍋、ドイツのアイントップ、ポルトガルのカタプラーナ、ブラジルのムケッカ。

鍋料理はやはり気の置けない仲間同士で囲んで食べるのが理想的だ。大浴場に仲間と一緒に浸かるのと同じように、内側から温めてくれる存在。それが鍋である。

思い出のアップルパイ

貧乏飯に慣れているヤマザキマリ氏にとってもやはり苦手意識があるメニューがある。それがアップルパイだ。同氏が小学生のころ、「暮らしの手帳」を熟読していた母は1か月のうちに休みが3日あるかないかと言うほど忙しいくせに、時間を捻出しては取り憑かれたように手作りのお菓子やパン作りに固執していた。

特に作っていたのがアップルパイであり、その頻度は留守をしないといけない時も学校から戻ってくると、テーブルの上に大量のアップルパイが置かれていたりする。ついにはヤマザキ氏の家に遊びに来る友達にすら「またこれなの、マリちゃんちってこれしかないの」と呆れられるほどだったという。

今ではあのマンネリのアップルパイや揚げドーナッツには生活が苦しかろうと食事に対するリスペクトや意識までは飲み込まれないとする、強固な意志が込められていたのだろうと思う。どんなに生活が苦しかろうと、音楽と言う道を選んで突き進む母のプライドと彼女の作る「暮らしの手帳」のお菓子や料理は確実にシンクロしていたのだ。

こういう心境であればアップルパイも今なら向き合える──と言いたいところだが、実際はやはり今でも食べる気が起きないのだとか。幼少期のトラウマは根深いものである。


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