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エッセイ

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主に昔語りと創作。 つまらなそうだ? そうでもないぜ。
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2023年8月の記事一覧

玉突き商店街(その2)

玉突き商店街(その2)

(その1から続く)

 
店長の話の続きはこうだった。
 
「それで閉まったもう一つのスタンド、あっちはねケーキ屋さんが入るんですよ」
 
聞けば誰でも知っている割安洋菓子チェーンである。
これがなぜ爆弾かといえば、そのスタンドの向かいにあるのが、これまたケーキ屋だからである。
  
こちらの方は割と名の知られた有名パティシエによる高級店であるから、客層が違うといえばそれまでだけれど、貧富の差が拡

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玉突き商店街(その1)

玉突き商店街(その1)

うちから50mも歩くと、ちょっと広い道路に出て、両側の歩道沿いには、住宅と商店が半々くらいに並んでいる。
幹線道路とは言わないが、ちゃんと「〇〇通り」と名前のつく道である。
 
かつて、ちょうどその通りに出たところと、そこから300mばかり東に行ったところに、それぞれガソリンスタンドがあった。
あったというのは、ここらのスタンドも過当競争で、近くの(そう、1km以内に3つもスタンドがあったのだ)セ

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決断の時

決断の時

春先から仕事場へは自転車で通っている。
ガソリンも高いし、運動不足の解消にもなるしという、極めて現実的な理由からだ。
しかし、この夏の猛暑にはさすがに抗えない。
健康を志向して熱中症になっては意味がないので、最高気温が35度を超えた日から、冷房を求めて車に乗り換えた。
当初は、熱波が落ち着いたらすぐに復帰と思っていたのだけれど、ご存知の通り一月以上たっても日差しが弱まる気配がなかった。

本日の予

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さてはて

さてはて

池袋の喫茶店。
待ち合わせまで少し間があり、暑い中、外にいるのも厳しかったので、コーヒーを飲みながら時間を潰していた時のことだ。

ここはよく見かけるチェーン店で、テーブルは小さめで、客同士の距離も近い。
斜め前の座席から話す声が聞こえた。

「つまりね、黙ってればいいんですよ。それでどこにもわからないわけだから。」
「・・・・そういうことは、若い奴らががみんなやるので・・」

何やら不穏な内容に

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夢の国へ(その3)

夢の国へ(その3)

(その2)から続く

何度目の夢の国バイトだったろうか。

その日わたしは新しい現場に割り振られた。
迷路のような細い通路沿いに、ヨーロッパかどこかの建物の並んでいるアトラクションだ。
建物はベニヤ造りで、相変わらずよく出来ている。

午前中はそこらの裏手をひたすら掃除して回る仕事で、特に何ということもなかったが、午後になると、ベニヤ造りの橋の欄干に、ペンキで木目を描き込むという、ようやく美大生の

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夢の国へ(その2)

夢の国へ(その2)

(その1)から続く

夢の国の建設事務所は殺伐としていた。
端的に言って工事が遅れていたのである。

壁に貼った企業向け広報らしいポスターの、「快調に建設中!」という文字が赤いマジックで×されており、もうもうとしたタバコの煙の中で、先ほどの作業服が自虐的に笑っていた。

ここにきてようやく、この作業服の男はN工藝社という、その世界ではかなり有名なディスプレーデザイン会社の社員であることがわかった。

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夢の国へ(その1)

夢の国へ(その1)

拙文にスキをいただいたので、相手方のページを見にいったら、プロフィールにディズニーが嫌いと書いてあった。

それは全然問題ないのだが、わたしはちょっと後ろめたい気分になる。
なぜって今から40年以上前、あの夢の国を作った、有象無象の人々の中に、わたしもちょっとだけ混じっていたからだ。

そうだよな、なんかあの施設が醸し出す空気の中に、この国というか、時代というかの、ちょっと嫌なところを見てとる人は

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第一記憶(その3)

第一記憶(その3)

最近自分の最初の記憶についての文章をアップして、その中で、あまり人の「最初の記憶」について書かれた文章を読んだことがない、という意味のことを記した。

しかしあげてしまってから、さて、本当に世の中はこの話題をスルーしているのかと不安になり、ちょっとnoteで検索してみたのである。

そしたら「最初の記憶」とタイトルに含まれる記事だけでも、あっという間に10本近くが見つかり、自分のいい加減さが露呈し

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実家じまい

実家じまい

実家の片付けをしている。

亡母が、特養に入った時から、もう戻って来れないことはわかっていたので、実家の片付けは粛々と進めていた。
といっても、それにばかり関わってもいられないので、結局数年たっても片付かず、実際は粛々というよりダラダラと、といった方がよいのかもしれない。

なにしろ母には整頓の才はあったが、整理の能力は足りていなかった。

つまりあらゆる物が脈略もなく、しかしなかなか上手に収納さ

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第一記憶(その1)

第一記憶(その1)

かのウィンストン・チャーチルは、その自伝の冒頭を自分の「最初の記憶」から始めている。
自伝なのだから、それは全くもって正しいことだと思うが、実はそういう正攻法の書き出しは、意外と少ないのではないかと思う。

わたしはあまり自伝というジャンルを読んだことがないので、断定はできないのだが、この「最初の記憶」について言及した文章を、チャーチル以外にほぼ見たことがない。

ほぼ、というのは実はもう一つだけ

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第一記憶(その2)

第一記憶(その2)

前置きが長くなった。
何が言いたいのかといえば、極々幸運な偶然で、わたしは自分の最初の記憶を正確に把握しているのである。

わたしが2歳かそこらの頃、我が家は九州は宮崎から、一家で上京したのである。
ただ、急な引っ越しで、すぐに住まいが見つからなかったため、とりあえず親父が東京で家を探し、その間、残りの家族はしばらく母親の実家にお世話になることになった。

ところがこの実家というのが東京を遥かに通

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