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時空間の銀河


未来は見えない。

一寸先は闇。


だけど、過去・現在という点の連続によって、

未来という時間軸が更新され、創成される。


だから、現在という一瞬の点を必死に打ちながら、

未来へ向けてその点を繋げて、線にしようとするのではないだろうか。


逆に捉えると、

過去と現在で打ってきた点で構成された延長線上に、

未来が、かすかに映る。


おぼろげに見える未来が、暗く映るときは、

それを明るくしようと、

誰もが、何とか現在を変えようとするだろう。


でも、人は、弱くて強い上に、

人の目に映る未来は、個々に違う。

同じ様に映っていても、

現実逃避、否、未来逃避をして、

その未来の点が、

非常に遠い場所にあるように、

あたかも存在しないように、

目を謀る。


あるいは、

その未来の点が打たれないように、

予期せぬ力や介入によって取り除かれるように、

願いつつ、現在の点を怠る。


もちろん、災害や病気、

人にとって、真に予想できない未来も存在する。

ただ、

地球という生命体がこれまで歩んできた(歩まされてきた?)点、

先祖という過去のコードによる点、

によって、導かれた未来と捉えることもできる。


現実逃避が良くない、とか、

過去を恨みなさい、とか、

そういうことではない。


ただ、

過去も、現在も、未来も、

点を打つのは主に自分自身。

そこには、

自分ではない誰かの影響、介入、阻害、支援、

それこそ、予期せぬ障害、壁があるだろうが

最終的には、

自分自身の意志で、無意識下でも、

点を打ちに行く。

そして、未来へと歩みを進める。



少なくとも、私は、

はっきりと見える暗い未来を変えるために、

現在の点をゆっくりはやく打ちたいと思っている。

だけど、ある人は、

そんなに早くその点を打たなくてもいい、

焦らなくてもいいと言う。


確かに、その通り。

焦らなくてもいい。

その未来の点の輪郭だけでなく、

混濁した中身が、

全員の目に映ってからでもいい。


その場にいる全員の共通の未来なら、

尚のこと、全員の目でしっかり認識できていた方が、

迅速に行動できる場合もある。


だけど、

現在の共通の未来に、

私はいるだろうか、

あなたはいるだろうか、

誰がいるだろうか。

それこそ、分からないのではないだろうか。



きっと、誰かがやってくれる。


その言葉と想いの先には、何が見えているのだろうか。


少なくとも自分も存在した、過去と現在で打ってきた点の、

延長線上にある未来の点を、

自分ではない誰かに、

無言でお願いするのだろうか。


以前にも書いたが、

自分ではない誰か、

未来に存在する誰か、

もしかしたら、それは自分かもしれない、

そんな人に向けて、

現在を努力してもいいのではないか。


現在の点を懸命に打ち続けた先に未来がある。

理想の未来に向けて、現在の点を打ち続ける。


自分が取捨選択する、過去と現在と少し先の未来の点で繋がれた、

自分の時間軸を懸命に走りながら、

良くも悪くも、誰かの時間軸に少し干渉しながら、

自分、そして、誰かの未来を変えていく。


少なくとも、私は、

そういう選択をしていきたい。



未来を変えるには今から手を打たなくちゃダメなんだ
(ドラえもん)


未来は一瞬一瞬変わっていく。
だから先のことを悩むより、
今を一生懸命に生きればきっといいことがあるさ。
(ドラえもん)



最後まで、読んで頂き、ありがとうございます。

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