風を継ぐ
白衣を着る度に、今も、風が聞こえる。
私は、偶然にも、幸運にも、恩師と同じ大学に入学できた。
だけど、高校生の時、恩師の出身大学については、全く知らず、
大学受験も終えて、高校卒業間近になって、初めて知った。
先生も学んだ、過ごした場所に、私もいられる。
素直に、とても嬉しかったことを覚えている。
在学時も、先生みたいに白衣を着て、実験できること、
先生に近づけているようで、嬉しかった。
先生から頂いた風を纏って、9 年間、闊歩させていただいた。
"風の便り" で、6 年ぶりに、最近、先生と話す機会が与えられた。
この 9 年間の話をした。
最後のほうは、私の愚痴で長くなってしまって、
申し訳ない一方で、
誰にも言えなかったことを知ってほしかった。
私のもう一人の父親に、聞いてほしかった。
その対話の中で、
先生と私は学部も学科も専攻も同じだった、と知った。
さらに、
先生が入りたかったけれど、入れなかった研究室に、
私が選んで入っていたこと、も。
そんなこと、知るはずもなくて。
だから、教育実習のとき、
先生に、私の所属研究室名を伝えると、
それが先生にとって、悔しかったからか、
本心とは異なる態度と言動を取ってしまったらしい。
時代も、人間も、環境も、違うけど、
先生が見たかった景色なのかもしれない、と勝手に想像して、
だから、
研究室での 6 年間、
私が見てきた景色や体験したことを、
言葉以外で共有できたらいいのに、と思ってしまったし、
なんだかんだ、
いつも傍にいてくれていたのだと感じた。
前の記事で書いたことも、これらのことも、すべて偶然だろう。
でも、今の私は、必然だと信じたい。
宗教家と話したからかな。
神様はいるのかもしれない。
なんてね。
12 年前、何も感じられなかった。
11 年前、空っぽの私に風が吹き込んできた。
10 年前、追い風をくれた。
借り物の風を纏って、向かい風へ。
振り返れば、追い風のおかげで、大学を卒業できた。
5 年前、風が弱まった。
風の方向を確認しようと思ったけれど、
その時が来たのか、と思って、前を向き直した。
2 年前、向かい風が強くて、よろめいて、倒れた。
身体が痛む、心も痛む。
自力では立てないところまできた。
そういえば、しばらく倒れているのも悪くなかった。
見上げることがなかったから。
おしまいにして、堪るか。
半身が疼くまま、微かに感じた追い風を杖に。
風は、いつもずっと、私のそばに。
だから、生きられた。ここまで来られた。
借り物だったから、
いつか、絶対に、ありがとうと一緒に、返そうと思っていた。
気付くのが遅くて、伝えるのにも時間がかかったけど、
ありがとう、は言えた。でも、返せなかった。
返せるような状況でもなかったし、
むしろ、返さなくていいって感じだった。
恩師らしい、けど、ちょっと寂しかった。
それなのに、11 年前と同様、
私に強風を吹き込んで、
最後は、過去から現在へと、一気にふっ飛ばされた。
「待ってよ、もっと先生と話していたい」
私の気持ちを知りながらも、
私のことを最もよく分かっているからこそ、
先生は、私を、過去から、強制的に引き離した。
今もまだ、気持ちの整理はついていない。
今、私がすべきことは、なにか。
新たに吹き込まれた風の声を振り返る。
分かったよ、先生。
前を向けるように、
前向きな私になれるように、
先生から頂いた風を、これからも借りとくね。
そして、先生みたいになれるように、先生の風を継ぐよ。勝手に。
これからも、背負うよ。何もかも。
いまもここに。これから先も、ここに。
今日も、聞こえたよ。
ねえ、先生。
何年後か分からないけど、
必ず、頂いた風にのって、
あなたの下へいくから。
あなたの下へいけるように、頑張るから。
今度は、時間なんてないから、ゆっくり聞いてよね。
またね。