フランスパンは15円。
図書館の帰りに、お姉ちゃんが買ってくれた。
フランスパン。
1つ、15円。
お金を、背伸びして渡す。
「ありがとうね。ありがとう。」
おばちゃんが、両手で受け取ってくれる。
「図書館行って来たんかい?偉いね。疲れたろ?座って食べていきな。」
おっちゃんが、声をかけてくれる。
店の奥。
パン工房と住居を結ぶ縁側みたいな場所。
腰かけて、二人並んで食べる。
フランスパンは、長いのもあるけど、
僕らが買うのは、1/3サイズ。
焼きたてだから、まだ柔らかくて、あったかい。
「コーヒーはまだ早いんかな。麦茶でも飲んでくか?」
パンだけでは喉が詰まるからと、飲み物まで出してくれた。
両手で持って、食べる。
足は、床に着かない。ぶらぶらしてる。
パン屋さんの奥は、いつも、いい匂いがする。
ごちそうさまでした。ありがとうございました。
お姉ちゃんに教えられた通りに、言えた。
「車に気をつけて帰りなよ。ありがとうね。」
見送ってくれる。いつも笑顔で。
高校生になった。
おっちゃん、おばちゃんは、あんまり店に出なくなった。
お兄ちゃん、お嫁さんから、フランスパンを買う。
45円になった。
部活の帰り。
店の奥。いつもの場所で、パンを食べさせてもらう。
コンバースを履いた足は、床に着いている。
パンを焼く匂いは、昔のままだ。変わらない。
この場所に座ると、安心する。
お兄ちゃんはさ、子供の頃、何になりたかったの?
「消防車。」
消防士?
「いや、消防車だな。」
え? 消防自動車になりたかったの?
「うん。」
なんで?
「店の前をさ、消防車がよく走るんだわ。赤いのが。
カンカンカンって音立てて走るのが、カッコ良くてさ。
なれたらいいなって思ってたな。」
お兄ちゃんは、パン屋を継いだ。
生まれ育った家に住んで、親が残した店を守る人生を選んだ。
この店に、お嫁さんも迎えた。
もうすぐ、子供も生まれるよね。
幸せそう。
でも、なりたかった職業とか、なかったのかな。パン屋以外に。
訊いてみたいと思ってたんだ。前から。
消防自動車か。
予想もしない答えだった。
いや、自動車とかじゃなくて、実際になれる仕事でさ・・・。
一瞬、思ったけど、やめた。
続きは、訊かなかった。
僕は、卒業したら、この町を出るよ。
店は継がない。床屋にはならない。
そう、決めたんだ。
この町を出たら、多分、帰って来ない。
一生、違う土地で暮らすんだ。
たまに帰省する時は、お土産を買ってこよう。
ここでまた、パンを食べさせてもらえるかな。
1/3のフランスパン、いくらになるかな。
ずっと、作り続けて欲しい。
値段が変わっても、フランスパンは、このままで。
僕が生まれた、この町で。
(1981年。17歳。)
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