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いまさら生き方を変えられん。大人とはそういうものだ

20歳。大人になるまでに20年かかりましたが、20歳を過ぎて、いわゆる「大人」をやり始めて20年が過ぎました。未成年を過ごした20年よりも、大人として過ごした期間の方が長くなってしまいました。


まぁ、それは人間、生きている以上、年月が経つので、そういうこともありますし、日本人の平均寿命を考えると、大人になってからの時間の方が人生長い傾向にあります。


だから、大人になることは何も特別なことではなく、大人でいる期間が長いのも特段のことではないです。ごく普通の人間としての生活を歩んでいます。


でもですね。


大人になって数十年経ちますけど、じゃあ明日から「生き方を変えよう」とはなかなか難しいものがあります。


例えば、モノを減らして、モノの少ない生活習慣に変えよう!と思ってはみたものの、なかなか自分が思う理想的な状態にはなかなかならないこともある。


また、モノを減らしたからといって、それが「理想の生活」なのかは、分からない。モノを減らすのは手段であって目的ではなく、減らし切ったその先の「理想の状態」を求めているはず。


でもなかなか、その状態には辿り着けないのが実情です。


生活だけじゃなく、仕事とかもなかなか変えるのは難しい。例えばわたしも3流サラリーマンを続けていますが、「お前、明日から、クビね♪」なんて言われて解雇、もしそうなったら「明日から、どうやって、生活していこう」ってなると思います。


直ちに路頭に迷うというのはないと思いますけど、これ幸いと「よし、●●やろう!」ってなるかと考えると、難しそうです。


3流サラリーマンが、明日から飲食店やるとか、想像できないですよね。


また、体力的にも20代の頃に比べたらかなり落ちているから、体力勝負の仕事をするわけにもいくまい。では何か、世の中に役に立つようなことができるのか?それで、一人分の食い扶持を稼ぐことができるのか?


生き方が変わってしまうくらい、変化を起こさないとついていけない気がします。


そうなんです。


「大人」というのは、それまで生きてきた「生き方」があって、それをいざ変えようとすると、むずかしい。今更生き方を変えられないというのは、あると思います。


なぜそう思うのか?チャレンジ精神がないというのもあるんですが、それと漠然とした「不安」があります。


年齢的にももう再就職するのは苦しいし、給料は下がる、サラリーマンをやり過ぎたので、潰しが効かない。


レールの上を必死に走ってきたけど、いざレールを降りて、違う道を歩むのって、なかなか決断もできないし、想像がしにくい。


以前にもレールの話を書いてます。


大人とはそういうものだ。実感としてはそうだと思うし、そこからは抗えない気もする。ただ志はそうでなくてもいいし、やれるのであれば、どんどんチャレンジしてみてもいい。


レールだって、自分で敷いて、やっていきたい。


ただ方向性というか、生き方というか、そういうのはやっぱり変えられない気がしますね。ずーっとチャレンジして生きてきた人なら、そのスタイルはこれからも変わらないだろうし、静かに生きてきた人なら、これからも静かに暮らしていくんじゃないかと思います。


「大人とは?」もう少し考えてみる必要がありそうですね。


それでは、また。


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