恋する中学生が指先で送る、キミへのメッセージ #かくつなぐめぐる
「オバケは信じてるけど、宇宙人は信じてない」
そう言われたのは、中学生のとき。初めて好きになった人からだった。
正確には言われたわけじゃなくて、メールの中にそう書いてあった。「嫌いなものとか、苦手なものとかある?」って私が送ったメッセージの返信だった。
ホラーは信じるのに、オカルトは信じていない。どちらも非科学的なのに、宇宙人はだめなんだ。キュンとした。
なぜそこで? と思うかもしれないけど、私はキュンとした。中学生のキュンポイントは中学生にしかわからない。そのことがすごくチャーミングに見えて、私はまた一層彼のことを好きになった。
中学2年生の私は好きな彼と繋がりたくて、毎夜毎夜メールを送った。「今、何してる?」から送るしょうもないメールのやりとりに、「今は、宿題してる」と彼からメールが返ってくる。
返信きた! その喜びは、私を携帯にかじりつかせた。
当時は、今のスマホやiPhoneのように全部が画面じゃない。上半分が画面、下半分がボタンのガラパゴス携帯だった。
きっと見たことがない人もいるだろう。ガラパゴス携帯には大きく2種類の型がある。ひとつは、画面とボタンが重なっていてシュッとスライドするタイプ。
もうひとつは、折り畳みタイプ。私は折り畳みタイプでちょうど折り目部分にボタンがついていた。それをポチっとすると自動で折り畳みの携帯が開くのだった。
友達とお揃いの、人形みたいなサイズのミニーちゃんのストラップをつけていた。
「え! 今日宿題なんてあったけ?💦」
今まさに今日の国語の宿題を広げているくせに、すっとぼけたメールを送る。
“既読”なんて便利な機能はないから、読まれたのかどうかは神のみぞ知るブラックボックス。私にできることはメールを送ることだけ。
送ってから数分、彼から返信がきていないか問い合わせをする。宿題は1個だけ漢字を書いた。
送ったメールは一度サーバーを経由してから個々の携帯に送られるシステムで、サーバーに私宛のメールがないか問い合わせをしたのち新着メールを携帯にゲットしなければならない。
「サーバーへ問い合わせ中……✉」
✉の部分がぴょこぴょこ動いて私を焦らす。わくわくドキドキしながら待っているこの時間は、たった十何秒のはずなのに早く早くと気持ちが先走る。
「新着メールなし」
がーーーーーーん。なし、のたった2文字が私を机につっぷさせる。
なし。なし、ね。いや、わかるよ。私がメールを送ってからまだ3分しか経ってないもん。わかってる。わかってるけど、さすがにもう読んだよね? え、読んでくれたよね? もしかしてまだサーバーにいる説? サーバーから〇〇くんへ送られてないってこと?
ぐるぐるぐるぐる、頭の中で会話する。私と宿題の距離と、私と〇〇くんの距離は今どっちが近いのだろう。
恐らく、〇〇くんと宿題の距離が一番近いんじゃないかと想像する。
「はああああ~」
無駄に大きめのため息をついて恋する中学生を演出する。
演出する、は今だから書けることで当時の私はとても真剣だった。真剣にメールが届いているのか気になっていたし、読まれているのかそわそわしたし、内容が変だったんじゃないかと慌てたりした。どれも真剣にそうしていた。
でも今ならわかる。
中学生の恋愛は、誰も見てないところでドラマのように”恋する自分”を演技することが必須だし、許されているのだ。彼からのメールを待つ私、を大げさに演出する。自分で恋を盛り上げる。恋に恋する期間にだけ許されている特権。
「サーバーへ問い合わせ中……✉」
次こそ……!
「新着メールあり」~♪~♪
きたーーーーーー!!! あり、の文字と同時に当時大流行していた恋する中学生の定番ソングYUIのCHE.R.RYが流れた。
「好きなのよ~ah ah ah ah~恋しちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょう? 星の夜 願い込めて CHE.R.RY~指先で送るキミへのメッセージ」
言いたいことは全部、YUIが代弁してくれている。星の夜、願いを込める。指先で彼へメッセージを送る。全部その通りすぎる。
サーバーから直送した新着メールは、「〇〇くん♡」と名付けられたフォルダに振り分けられる。YUIの音楽が鳴るのも〇〇くんからのメールだから。当時はメールの受信を知らせるとき、着メロというサビだけの音楽を設定できる機能があった。
「国語の宿題あったよ笑 おれとメールしてなかったら忘れてたでしょ笑」
はああああ~。”俺”でも、”オレ”でもなくて、”おれ”。
私の心臓のピンクの部分を的確に触ってくる天才。宿題、全然忘れてなかったよ。忘れてなかったけど、いい。机の上に開いてあるだけのプリントは、忘れている同然だもの。嘘はいってない。
「そういえばそうだった~! すっかり忘れてた! 〇〇くんとメールしてなかったら忘れて写させてもらうところだった」
ガラパゴス携帯では「そ」を打つために、さ行のボタンを5回押さなきゃならない。今みたいにフリックで1タップじゃない。
かちかちかちかち。かちかちかちかち。機械的な音の階段を、私の想いが登っていく。
実際に送るメールでは、💦とか、(*^^*)とか、アナログ調の絵文字を付け足して送る。
絵文字とか、!マークをつけてテンションを5割増しさせないと暗い印象になってしまう。今も昔も、テキストだけだとぶっきらぼうになってしまうのは一緒だ。
「メール送信中……✉」
次に彼から返信が返ってきたら、件名の「Re:」がまた1個増える。今のパソコンメールでもそうかもしれないけれど、ガラパゴス携帯のメールでも返信するたびに「Re:」が増えてゆく。増えれば増えるほど、たくさんのメールのやりとりをしたという証明。
ほんとうは宿題があることを知っているのに知らないふりをしたり。眠ってるわけじゃないのに、次の日に「寝落ちした!」と返信したり。可愛い顔文字、今ならスタンプを用意したり。
恋するって、忙しい。
「サーバーへ問い合わせ中……✉」
メールを送って2分経過。さっきの反省をまったく活かさず、懲りない私。
「新着メールなし」
はああああ~。
憂鬱そうで、だけど片思いのわくわくをのせたため息を吐く。
可愛かったなほんと。大人の私はこうしてときどき、恋を演出していた中学生の私のことを思い返す。
そして、そんな私もけっこう好きだったなと、かつてそうだった自分のことを懐かしく思うのだ。
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