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ひとうお(超短編小説)

 その世界へ帰れるのは、
世が等しく青に染まる時間だけ。

 世界が今の姿になった太古の昔、海の生き物が、
陸へ上がった青の時間、陸から海へと帰る者たちがいた。
 しかし、彼らは一度、陸の土に触れてしまったため、
体がもとに戻らず、腹から上はひとの姿、
腹から下はうろこのある、うおの姿になってしまい、
そのまま一生を終える者たちがいた。
 ひとうおたちは、陸と海どちらにもなじむことができず、
青の時間、波打ち際へ現れることが多々あった。
 うみぼうずは、これをふびんに思い、彼らに真珠を預けた。
真珠を持ち、青の時間に海に入ると海豚の姿、
陸に上がるとひとの姿になるというものだった。
 青の時間は、太陽が沈んだ直後のわずかな時だけだった。
青の時間以外に海に入るとひとうおに戻ってしまうのだった。

 海から遠い山の中で育ったカイトは、山の中で過ごすより、川遊びが大好きだった。永遠に泳いだり、魚を手づかみしたり、滝に流されたり。高いところからジャンプして川にはいり、滝つぼにのまれた時もあった。あがいても流れに押さえつけられ体の自由がきかず、息ができず死ぬかと思ったが、ふしぎと次の瞬間には川面に出ていた。運が良かっただけかとおもったが、何度か同じことがあった。

 学校へ上がってから、カイトはひとと上手く付き合えず、家から外に出ることがほとんどなくなってしまった。ゲームで過ごした時間は、3年目にはいった。
 ある日、カイトはクロックスをはいて、玄関をでた。
太陽が沈む時間だった。この時間だけは体の緊張が解け、うまく呼吸ができる唯一の時間だった。
 背の低い街の向こうの小さな山々に太陽が沈んでいく光景が目にはいった。空気がオレンジ色から、ピンクに変わり、紫色から深く透明な青に変わっていった。
 次の瞬間、喉ぼとけの下から何かがせりあがってくる感覚があり、すこしだけ嘔吐した。胃の中の透明な液体と一緒に、ビー玉より少し大きな白く光る玉が入っていた。カイトは家の外に据え付けてある水道で玉を洗った。辺りは真っ暗のいつもの夜の姿をしている。家の中から、夕ご飯を呼ぶ声が聞こえてきた。カイトは家に戻った。
「かあさん、これ」
 と、言ってカイトは、玉を母親に見せた。
「あら、おめでとう! あなたもそんな時期なのね」
と言って、微笑む母の顔があった。
「私たちは、海から陸にあがり、もう一度海へ帰ろうとして、体の半分を変化させてしまったひとたちの末裔なの。そして、その玉が出てきたってことは、あなたがもう決断してもいい時期になったということ」
「? 俺、他のひとたちと違うの?」
「同じ生き物よ。みんなより住む場所が広いってことくらい。明日、かあさん休みだから、一緒に海にいきましょう」
「海? 海きらいじゃなかった? 」
 母を見上げると、笑みをうかべていた。

 だれもいない、砂でなく玉砂利だらけの大きな岩が林立している隠れ家のような海岸だった。母は、まだ海に触らないようカイトに
言っている。だが、カイトには聞こえていない。彼は海に両手をのばした。水がカイトをつかまえそのまま水に引き込まれた。
 瞬間、カイトの体は水中で大きく身震いし。視界が広くなり、そのまま海に身をゆだねるように潜った。
 海面に顔をあげたとき、足が魚に変化していることにカイトはきづいた。
 母は海岸でカイトをみている。
「これが私たちの姿なの」

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