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秋ピリカグランプリ入賞作品

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2024年・秋ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。個人賞(受付順)、すまスパ賞(受付順)。読者賞は決まり次第追加いたします。
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#紙

紙さま #秋ピリカグランプリ応募

 糸氏家は代々「紙さま」を祀る社の宮司を務めている。  物心ついた頃自らの性に違和感を覚え、男児が偏愛する車や棒を好まずに女児の遊戯を愛した紙音は、この家で三つ下の妹と姉妹として育った。 「紙さま」のご神体は古い巻物だ。巻物は後世になって表として作られたもので、中に挟み込まれた紙片が真のご神体と言われている。昭和の頃に一度調査が入ったが、損傷しており開くこと叶わず、以後、中は誰も見たことがない。  紙音は幼い頃から「紙さまの声」を聴くことができた。  『魔女の宅急便』の

紙の声 #秋ピリカグランプリ(1200字)

悶々とした気持ちで公園のベンチに座る。憧れの職業に就いて三年、夢と現実の差に打ちのめされ続けている。 もう、諦めてしまおうか。 夢を追い続けるのは、想像していた何倍もパワーのいることだった。そんなこと、分かっていたはずなのに。 色付き始めたイチョウの葉を見上げていると、冷たい風が木の枝を大きく揺らし、ガサッという音と共に視界が遮られた。 私の顔に覆い被さったのは、一枚の白い紙。そこには と書かれていた。 思わず「いや、まだ泣いてねーし」と減らず口を叩いてしまう。 そう

【物語】全ては私に託された。(秋ピリカグランプリ2024参加作品)

ビリッバリバリ 透明な壁が破られて、 私たちは世界の空気に触れた。 上品な紙質が自慢の、私たち10枚姉妹の便箋。重なる私たちの中から、1番上の姉さんが引き出された。 白がベースで、縁にアラベスクが書かれている姉さん。私と同じ姿をした姉さんは、紺色のブレザーを着た少女の手で、丁寧に勉強机の上に置かれた。 秋の夜に鈴虫の声が鳴り響く。 少女は黒いボールペンを握り、緊張した様子で1番上の姉さんを見る。 少女が深呼吸をした。 すっ、と姉さんに黒い文字が書かれた。 美しい

露霜日記 #秋ピリカ応募

 日記なんてひさかたぶりだから迷走する。私が充分に乙女だったころは名前なんかつけて呼び掛けていた。さほど昔ではない過去に、同じように日記に語り掛けた少女がいたが彼女は殺された。殺したのはヒトラーではない。死刑執行人だなどという寒いことを言うつもりもない。  が、脇道に逸れて忘れる前に、私が日記などという酔興を思いついた経緯を記さねばならない。図書館の書架の間の細い通路にて、何冊目かの書物をぱらぱらやってぱたんと閉じたところ、隣にいた少女がびくりと首を竦めた。予想以上に大きな

その紙の重さ【#秋ピリカ応募】

 家の六畳の離れが私のすべてになっていた。遠くから幼い子どもが高らかに歌う軍歌と、障子越しに見える木の影が、ここから得られる外の世界だった。  私は死亡率の高い病に罹っており、往診の医者以外に他人に会うことはなかった。戦況の悪化で高額な薬も手に入らなくなり、私の命はここで終わるのだと諦めていた。  寒い冬の日、久しぶりに障子越しではあるが父がやって来た。 「瑞穂、幼なじみの栄二君に召集令状が届いた。1週間後には出征する。栄二君とお前は結婚することが決まった。本人たっての望