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【創作】#14 雪吊りの街で 2024.12.28 (2304文字)

 お元気ですか?私は元気です。
あの雪が降った日のことを覚えていますか?
私は今日、倒れたサンタクロース人形を見て思い出しました。あの冬は、とても素敵な冬でした。

 クリスマスイブ当日、私は花屋のアルバイトに出勤していました。今思い返しても、とても忙しい夜でした。この時期になると、クリスマスやお墓参り用のお花が、とても売れるのでした。花束や一輪挿しのバラやヒペリカムやガーベラだけでなく、ポインセチアやシクラメンなどの鉢植えもよく売れました。綺麗な赤を呈したそれらは、私もクリスマスに参加できているようで、嬉しかったことを覚えています。

 そんな日に、貴方はこの店を訪れたのです。

 頭に被った赤いニット帽には、少しばかりの雪が積もって、まるでサンタの帽子のように見えました。着膨れしたコートには、右側にだけ雪がかかり、きっと、恋人のために傘を持っていたのだろうと思いました。こんな日に、わざわざ花を買いに来る男性は、きっと誰かに向けた花なんだろう。私はそういった方々を見て、とても嬉しい気分になるのでした。しかし、格好に似合わず、貴方は疲れた表情をしていました。

「ポインセチアを一つ下さい」
そういう彼に、
「プレゼント用ですか?」
と聞きました。すると貴方は、
「そうです! 秘密にしたいので、ラッピングした後紙袋に入れて欲しいんですが」
と。
「有料になりますがよろしいですか?」
「はい。お願いします」
私は手順通りにラッピングをして、紙袋に入れ、お会計を済ませようとしました。すると貴方は、
「この店、普段通り過ぎるだけなんですけど、素敵なお花がたくさんあるんですね」
と言いました。私は
「そうなんですよー! プレゼントとかお考えの時は是非またお越しください!」
と返答しました。毎年恒例の、些細な会話でした。
その後も途切れないお客さんに対応して、退勤時間に近くなってきたところでした。貴方はまた店に来て、
息を切らしながら、
「このブーケを一つください」
と言って、一つのブーケを持ってレジまで向かって来ました。それは私が、開店前に作ったブーケでした。売れ残っているそのブーケを、大事そうに持つその手は赤くなっていて、ブーケについた水滴は、ポタリと貴方の口に落ちました。
「プレゼント用ですか?」
と聞くと、
「自分の家用です」
と答えました。私は、丁寧にラッピングをしたポインセチアを思い出し、少し切なくなりました。
クラフト紙に巻いたブーケを手渡し、私はお会計を済ませようとすると、
「すみません。この花瓶もください」
というので、その金額も足したお会計を、ピッタリの金額で払ってもらいました。
貴方の後ろ姿は、先ほどよりも多く雪を携えたせいか、重く、しっとりとした後ろ姿でした。

 翌日もシフトに入っていた私は、昨日のように手際よく、お客さんに対応していきました。そんな折、貴方は再び現れました。きっと、人が恋しくなったのでしょう。私は貴方に微笑みかけました。そんな日が、年を越しても続くようになりました。週に2、3度シフトに入っている私は、貴方の姿を時々見かけるようになりました。雪の降る日には決まって、貴方は店に現れるのでした。そんなある日、普段はマダムが来るくらいのこの店に、貴方は現れました。大きな牡丹雪が降っている日でした。

 この花を使って花束を作って欲しいんです。

 いつもは一輪ごとか、ブーケを買っていくのに、今日は花束なんだ。私は少し躊躇いながら、
「プレゼント用ですか?」
と尋ねました。すると、
「そうです!」
と貴方は言いました。きっと素敵な出会いが、貴方に訪れたのだろうと思いました。お相手はどんな方なんですかと尋ねると、
「笑顔が素敵な、明るい方です。このガーベラみたいに、大きな笑顔で、私を癒してくれるんです」
私はその方を思い描きながら、一輪ずつ丁寧に並べていき、茎を切って長さを揃えて輪ゴムをかけ、なるべく綺麗に見えるように整えていきました。最後にリボンをかけ、完成させた花束を見せました。
「とても素敵です」
そう言う貴方の満足げな顔を見て、こちらも嬉しくなりました。私は、
「これをもらう方は幸せですね。きっと嬉しいと思いますよ」
というと、いつものようにお会計を済ませました。
退勤時間になり、私は帰り支度をしていると、バイトの先輩の方から、
「あの人、たぶん気があるんじゃない?」
と言われました。何のことかわからず、またまたとあしらってしまいました。でも、それは本当だったんですね。
店の従業員口から出ると、貴方が待っていました。薄暗い夜道を、電灯と反射光が仄かに照らすいつもの風景の中に、貴方がいました。
「これ、受け取ってもらえませんか?」
と聞く貴方は唇が紫色で、無音の世界に乾いた声を必死に投げかけるようでした。
私はつい、
「良いですよ」
と言い、私が作った花束を受け取りました。きっと受け取った人は嬉しいだろうと思っていた花束は、確かに私好みの、淡く明るい花束でした。

 貴方がこの街を去ったのは、雪も溶けてきた頃の、桜が満開の日でした。
「今度、東京に行くんだけど、一緒に来てくれませんか?」
唐突に口から出されるその言葉は、言葉自体が驚いたように、上擦った不思議な響きを持っていました。
「ごめんなさい。貴方のような素敵な方には、きっとまた、素敵な出会いが訪れますよ」
私の心にも無い言葉もまた、春一番に流されて行くように、すぐに姿を消すのでした。この年の春は例年よりも暖かく、雪解け水で嵩を増した川は、力強さを携えて海に向かうのでした。きっと冬にはまた帰ってくる雪の結晶たちは、いつでもその帰りを待つ、私の元に降るのでした。

雪吊りの街で 終

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白燕司
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