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言葉は巡っていつか私の腑に落ちる



片思いばかりの人生だった。
いかんせん男の人に惚れやすくて、私の言う些細な一言に笑ってくれたら。くだらなくても、笑わせてくれたら。もうそれだけで大好きになった。


彼は私を志麻ちゃんと呼ぶ。
日々呼ばれ慣れたこの名前も、彼の口から発せられるなら世界一可愛い名前だなって思える。

「志麻ちゃんホンマもういい加減にせぇて」

あぁ、その目尻の下がり具合、無防備すぎるくしゃくしゃの笑顔。ありがとうございます。たまりません。

「私は一向に真面目だしふざけてるつもりはないのよ」

「もうその真顔も笑わせにきとるじゃろ」

「ひど。さすがに失礼すぎん?」

「ごめんごめん、冗談やで。今日も可愛いの、志麻ちゃん」


好きな人に真顔で見つめられて。
どんな顔をすればいいかわからず、言い合いのノリを忘れて思わず笑ってしまう。

単純な女だなんて重々承知。

「もー、すぐ笑うの。ゲラじゃけぇ。今日も志麻ちゃんの負けじゃで。」

「ゲラでいいもん。笑う角には福が来るんだよ。」


「ええこと言うやん。さすが俺の志麻ちゃんじゃな」

「はいはい。褒め言葉は素直に受け取っとくねー」

そんな平凡な日常。

しょうもない事ばかり話してた。

毎日毎日、仕事帰りに集まっては飲んで、カラオケに行って、部屋にまた集まって。

愛だの恋だの語ったりして、恋愛のセンスがないって笑い合った。

そんな日が続けば充分だった。

女の子として見られてないなんて、誰が見ても丸わかりすぎて。今後の展開なんて期待出来る訳もなかったから。好きだなんて伝える気は無かった。
私は彼が笑ってくれたら、ただそれだけで良かった。

それだけで良かったのに


私が彼に心を奪われたように
彼も誰かに心を奪われることは容易く想像出来たはずだった。



だけど突然現れた、誰が見ても美人で強気な芯のあるあの子。

彼があの子に笑いかける度、あの子の事を目で追ってる事に気付く度。

心はどんどんどす黒くなって。

彼が笑ってればいいなんて、いつの間にかそんな事思えなくなってた。

そんなの私にだけ笑ってて欲しかったに決まってる。

謙虚の皮をかぶった、ただの浅ましい願い。


いつの間にか、些細な幸せを願う私はどこにもいなくなってたし、彼の前で笑う事すら難しくなってた。


きっと彼もそんな私が嫌だったろうなと思う。

少なからず私の気持ちに気付いていただろうし、でも応えられないから。表面上はいつも通りでも、少しだけ、よそよそしい時期が続いた。

だから私は彼を想う気持ちをどうにかこうにか無理やり封じ込めたんだ。


およそ半年。

側から見たら短い期間かもしれないけど、私にとっては自分の事をひたすら嫌いになって、責めて投げやりになっては自分を追い詰めて。
地獄のような期間だった。

それでも月日は多少の事は洗い流してくれて。

彼を想ってた夏の終わりから秋冬を越して、春。
ぎくしゃくしていた日々を経ながらも、変わらず仲の良いメンバーで出掛けたりして。


そうこうしていたら、なんとなく。

なんとなく、昔みたいに仲良くする事が出来るようになった。

そして更に月日は流れ、私にもまた他にすきな人が出来た。

彼も知ってる人で、ずっと何とも思ってなかったはずなのに、事情があってもう会えなくなる事が分かってから、寂しくなる、嫌だと思った人だった。

「志麻ちゃんの気持ちは。伝えたんよな?」

「うん。でももう時間もないし。これ以上頑張っても無理な気がする」


紆余曲折を経て、彼には私の恋路を見守られていたし、私たちは時を経てお互いの色恋沙汰を相談しあえるようにもなっていた。

不思議だけど、それはおそらく彼が色々あってからもなお、私に対してフラットに接してくれたからだと思う。

あの頃の私はすぐに誰かを好きになってたけど
面と向かって気持ちを伝えた事はなくて。
初めて気持ちを伝えなきゃ、と思えた人。
そんな相手が出来た私に、彼はいつも発破をかけてくれた。

「諦めんなや。イケる思うで。諦めたらそこで試合終了じゃ」

「安西せんせいwもうね、疲れちゃった」

「珍しいの、志麻ちゃん。」

「んー?」

「元気なさすぎ」

「だってさぁーー。やるだけやったもん。」

「うん。」

「もう頑張れない」

「…うん」

「しんどい。もうやめたい。」

「…志麻ちゃん頑張ってたの、わかっとるで。しんどいのもわかる。わかるけどな。」

「けど…?」

「志麻ちゃん最近、笑ってないで。ほら、あれじゃ。笑う角には、福、来るんじゃろ?」

「え」

「志麻ちゃん笑ってたら福来るって自分でいつも言っちょったんじゃで」

「…私、最近笑えてない?」

「そやなぁ。やで、笑っときや」

「私、言ってたね?そんなこと。」

「そうじゃそうじゃ。笑いよったら全部大丈夫じゃって」

「…そっか。笑えてなかったらあかんよなぁ。」

「ほんまあかんで。やっぱ笑ってる方がかわええしな、志麻ちゃん」

「うん…。ほんまよな!?笑っとくわ、私!」


自分が言った言葉なのに、巡り巡って救われた気持ちになった。
私が彼を好きだった頃
いつも彼に笑わされて、口癖のように言っていた言葉。
実際そう思っていたのは事実なんだけど。

言葉って時にとんでもないパワーを持つ。


あの頃の口癖を彼が憶えていてくれたこと
笑って欲しいと思ってたはずなのに
私自身が彼の前で笑えなくなったこと。
何とか笑えるようになったと思ったら
次の恋で、また笑えなくなりそうだったこと。
そしてそれを彼が気付いて伝えてくれたこと。

全部全部意味があって。
多分、その台詞は彼じゃなきゃ駄目だった。
何が大丈夫かの根拠なんて一ミリもないのに。
それなのに、彼のあの日の言葉には自分でもびっくりするくらい元気づけられた。


言葉は呪いにもなるけど、何よりもの救いにもなるね。


あれから10年以上経った。


私は当時彼に相談してた相手と、その後無事に付き合って結婚する事が出来た。
今でも毎日、隣で笑い合えてる。


根拠なんかなかったけど。
あの時あの言葉に簡単に救われて、諦めずに笑えたから今がある。


彼にはきっと、この先会うことはないと思うけど。
心をすり減らしそうになる日々の中で思い出すのは、そういう些細な日常での一言。


ありがたかったなぁ、元気にしてるといいなぁ。

あの人もまた、どこかで笑ってくれてたらいいなぁ、って


ねえ、今は本当に心の底から思うよ。

あなたが笑って過ごしててくれたら、これ以上の事はない。

だから私は、今日も笑ってる。

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