紫陽花を見るたび君を想う
私には学がない。
こんな事を言うと自分を卑下しているかの様に聞こえるが、実際にそうなのだ。
だから頭の良い人に出会うと素直に尊敬するし、知らなかった事を教えてもらえると嬉しくてもっともっと、となってしまう。
ヒロくんはひとつ年上の、優しくて穏やかな人だった。
何でも笑ってくれて、軽口も言い合えた。
だから私はすぐ調子に乗って、彼にはいつも甘えてばかりいた。
みんなで飲みに行って、デザートに抹茶のパフェを頼む。
食べ始めてから、ヒロくんのチョコレートパフェの方が美味しそうに見えて、一口勝手にもらう。
「志麻さぁ、そういうのは、一口頂戴って許可とるもんやで?」
そう言いながら許してくれるのを知ってるから。
悪びれもなく、美味しいねーなどと笑っていられた。
ある日の送ってもらう車の中で、ヒロくんがmihimaruGTのLove is…を流す。
「この曲めっちゃええねんで」と。
miyakeのラップから始まって、ヒロコちゃんの高い声で恋物語が紡がれる。
その日から私の中で、この曲がヒロくんの曲になった。
カラオケに行けばヒロくんは、みんなの前でラブソングの歌詞の君の部分に、私の名前を入れて歌う。
それは口説きとかじゃなくて、私がいちいち大袈裟なリアクションをしてしまうから。
彼はそんな私を見て笑いたいだけなのだけど、そんな些細な出来事にさえ、私はいつも本気で動揺してしまっていた。
また別の日、仕事終りにマックでドライブスルーをしようとヒロくんの車に乗せられる。
梅雨の時期で、道端に咲いた紫陽花を綺麗だねーなんて言ってたら、ふいに彼が言った。
「紫陽花ってな、その土の成分で色が変わんねんて」
当時の私は20年間生きてきてそんな事も知らなかった。
だからひたすらそうなの!?凄いね!?って驚いてたら、志麻は本当に良いリアクションするねって笑われた気がする。
私は確かにリアクションが大袈裟だったかもしれない。けどそれは嬉しいも悲しいも全部引き出してしまう彼のせいだった。それくらい、彼が好きだった。
彼といると何だかとても可愛い女の子になれてる気がした。そんな自分は嫌いじゃなかった。
だけど当時の私には、何度話し合っても別れられない同棲中の彼氏がいて。
明らかに気持ちは冷めてるのに。
優しくしあえる関係じゃなくなってるのに。
別れ話を切り出すと、毎回暴れて収拾がつかなかった。
日常に支障がでるくらいならそのままでいいやと、いつの頃からかその話をするのをやめた。
だから側から見ればただの心変わり。
そんな私がちゃんと別れられてもいない状況で、好きだなんて到底言葉に出来なかった。
母を亡くして拠り所のなかった私は、当時の彼氏と別れるとなると解決しないといけない問題を抱えすぎていて。どうにもこうにも身動きが取れずにいた。
それでも夜中にかかってくる電話とか、仕事終わりのわずかなドライブに。
小さなワガママを文句を言いながらも聞いてくれることに。
なんてことない、じゃれあいに。
日々、私は救われていたのだ。
だけどそのうち、彼は職場の人に紹介された女子大生と付き合い始めた。
おめでとう、って言いながら複雑な気持ちで。
そうなると以前のように二人、では仲良く出来なくなった。
皆でご飯に行ったり遊んだりはしたけれど、彼の方が同じ職場を先に辞めたのを期に、段々と疎遠になって。
しばらくして、彼が女子大生と別れたという話を聞く頃には私も例の彼氏と別れる事が出来ていたけど。その頃にはまた、私も他に気になる人がいる状態で。
なんだかタイミングがことごとく合わなかった。
そんな何の変哲もない、自然とフェードアウトしてしまった片思いだけれど。何年も経った今でも、紫陽花が咲く季節には決まって彼を思い出すのだ。
私はね、青い紫陽花が好きだよ。
あなたはどうだったんだろう。
それだけ聞いておけば良かったなぁ。
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