【短編】あのとき、ママは
「けんたー、もう帰るわよ!」と、私は大きな声で言った。
「あと、もう少しー!」と言って、息子の健太は、まだ砂場でスコップを動かしている。
全く誰に似たんだか。私の夫は控えめで、外出の遊びはあまり興味がない人だった。義母も言っていたから間違いはないと思う。どう考えても、昔からやんちゃだった私の遺伝なのだ。髪の毛のくるくる度合いも、私の幼い頃そっくりである。
ストレートパーマをかけて、セミロングにしたころあたりに、今の夫との交際を始めた。彼は私のパーマ姿を見てみたいと言いながら、結局私は見せなかった。
「もーう!いつになったら終わるのー!」と私はまた、大きな声で言った。
もうかれは返事もしてくれなかった。
こういう時、私のママは、どうやって私を連れ戻したんだろう。私はとにかく好奇心が旺盛だった。とにかく目を離すと、すぐにどこかへ消えてしまうのだ。
でも、ママはあまり幼い私のために働いたであろう苦労のことを話してはくれなかった。子供が生まれる前に、聞いておけばよかったな、と今では思う。
ただ、一つだけ、幼い頃の私について、ママが話してくれたことがあった。怖いもの知らずだった私は、小学校の運動会に初めて参加した時、マイクの大きな音にすっかり腰を抜かしてしまったらしい。これまでの冒険で聞いたことのない音、誰の声かはわかるのに、その人じゃない、黒い物体から流れ出るあの音、それにすっかり腰を抜かした。私は、初めてのショックに泣き止むことができなかった。
「あの時は、大変だったわ。泣き止ませてから、あなたが元気に競技に参加できるようになるまで、ずいぶん時間がかかったの。結局、あんたはけろっと全競技に出ていたけどね。」
あの頃のことは流石に覚えている。ママは、わざわざ校庭の真ん中に飛び出してきて、我が子の初めての困難に一緒に立ち向かってくれた。人目も憚らずに私のところにやってきてくれた。私はただないていただけだ。呼んだわけでもない。けれども、ママはそこにいて、私を抱きしめてくれた。
「もう帰るわよ。」と私は言った。スニーカーの中は砂だらけになったが、仕方がない。家に帰る前に払わないと、玄関が砂場になってしまうから、それだけは覚えておかないと。
「やだねー!」と言って、けんたは走り始めた。砂場を蹴ってあっちへ行く。
「あ、こら!」と言って私はけんたを追いかける。
まったく、私がこっちへくると逃げていくのは、一体誰に似たんだか!まあ、ママがこっちへ来てくれる、というのは、何よりも嬉しいから、気持ちがわからなくはないけれど。