【短編】寝不足
その家の車寄せは広かったが車は一台も止まっていなかった。男はそこに、自分の家のソファやら、ベットやらを運び出していた。一人でやるのは大変ではあったが、そうするしかなかった。
男はほとんどの家具をそこに出した。若そうなカップルが、こちらを見ている。フリーマーケットに気がついて、興味があるようだった。男はその様子を家から見る事にした。
男は二階の窓から、その様子を眺めていた。若いカップルはそれぞれソファに座ってみたり、ベットで一緒に寝転んだりしてみた。何かを話しているようだった。ダブルサイズのベッドは、あの華奢なカップルには充分すぎるくらい広かった。
男は、どれくらいの値段なら買ってくれそうかな、と考え始めた。でも男は寝不足だった。頭が回らず、適当な値段で売りつければいいか、と思っていた。
男は下に降りてから、玄関を開けようとした。その手前の靴置きの上に写真たてがある。そこにはまだ思い出が飾ってあって、男はこれをどうするべきか決められずにいた。それでも寝不足な男は、結局それをどうするべきかも考えられず、そのまま外に出た。
「やあ、それ、いくらぐらいなら買ってくれるの?」と男は聞いた。
「ってことは、本当にこれ全部売り物なんですね?」と若い女の子の方がしろいはをみせながら尋ねてきた。若い彼氏は、女性の腰に手を回したまま、男と女性の間に立った。「どうして車寄せに家財を出してるんです?」と聞いた。
それから3人はソファやらベットやらに腰掛けながら話をした。夕暮れくらいになって、男は家からジンとカナディアン・クラブの瓶を持ってきた。それから、ベットの横にある食器棚からグラスを取って乾杯し、レコードをかけ始めた。しばらくしてから、彼氏の方はだんだんと疲れてきて、そのままソファに寝てしまった。男は、女性と話していた。男は満ち足りた気分になり、女性に「よかったら少し踊りませんか?」と尋ねた。
「わかるかい?そうやって俺はその日、どこかの若い男の彼女と踊ったのさ。」と男は話していた。その話をカウンターに腰掛けながら二人の友人は聞いていた。「マスター、これお代わり。カナディアン・クラブだ…。で、その日、そこで踊りながら、俺はもう一度、いや、何度目かは忘れたが、あの写真立てを捨てようと心に誓った。でも結局、女と彼氏が帰った後、俺はそのまま外で寝てて、起きたらやっぱり眠かった。」
グラスが男の目の前に置かれた。ウイスキー色の氷が、グラスの中でくるくると回って音を立てていた。友人は一人トイレに向かって歩き始めた。それからもう一人は何かをカッコつけて言おうとしたが、結局何も思いつかずにもじもじしていた。男は心の中で、今日こそ帰ったら写真立てを捨ててやらなくては、と思った。
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