『動物農場』〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫) ジョージ・オーウェル (著) 山形浩生 (翻訳) 巻末付録「報道の自由:『動物農場』序文案」「ウクライナ版ヘの序文」「訳者 あとがき」含めて面白いので、この文庫で読むこと、おすすめ。
『動物農場』〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫) 2017/1/7
ジョージ・オーウェル (著), 水戸部功 (イラスト),
山形浩生 (翻訳)
Amazon内容紹介
ここから僕の感想
この本、巻末に
「報道の自由:『動物農場』序文案」
「ウクライナ版ヘの序文」
(この二つはオーウェル自身の書いたもの)
「訳者 あとがき」
(これは山形浩生さんによる)、この三つがついているのが素晴らしい。なぜどこがどう素晴らしいのかということを紐解きつつ、感想文を進めようと思う。
オーウェルの『1984』を読むと、そこで描かれるディストピアは、政治的にはどうも社会主義独裁体制のようでもあるが、各個人の家の中にある、大型壁面テレビが同時に国民全員を監視している近未来ハイテク独裁監視社会のようでもある。終わりなく続く世界戦争を繰り広げている3つの勢力が、どっちが西側でどっちが東側なのか、そういう分類可能かは判然としない。
というような『1984』のもやもやと比較すると、この『動物農場』は、描かれているのがスターリン時代のソ連のこと、スターリンとトロッキーの対立からスターリンによるトロッキー弾圧、反対派の粛清といった一連の出来事であることは、知っていれば、よく分かる。
「知っていれば」について、山形さんはとても親切で
その上で、「ウクライナ版への序文」が、オーウェル自身の自己紹介としてよくできているのだが、特にオーウェルが1936年からスペイン内戦に、POUM民兵(スペインのトロツキストたちの派閥)の一員として参戦していたことが語られている。
スペイン内戦では、ファシスト(フランコ)側に対する共和政府軍側も、ソ連のスターリンが支援したスペイン共産党の主力派だけでなく、トロツキィ派POUMやサンディカリスト(アナーキスト)などの分派抗争・対立があった。ソ連国内のスターリンとトロツキーの対立がそのまま反映した党派対立があったのである。
僕はたまたま『犬を愛した男』という小説を読んでいたので(トロツキーと、その暗殺者を主人公としている。暗殺者はスペイン人で、スペイン内戦の時にソ連共産党系の民兵として戦っていてソ連共産党に暗殺者としてスカウトされた)、このあたりの話はなんとなく知っていたのだが、それを読んでいなけれは、山形さんが心配する通りの「今どきの人は知らないだろう」、その一人だったのである。
『1984』における、ファシスト型独裁もスターリン型独裁も、まるごと両方に対して拒絶批判するような立ち位置というのが、なるほど、オーウェルはトロツキィ派でスペイン内戦に参加していたという経緯を知ると、納得できたりするのである。
さらに、この『動物農場』が完成した1944年、イギリスはソ連と同盟国としてナチスドイツと第二次大戦を戦っており、ナチスに対して一番がんばって戦っているソ連、スターリンを批判はできないという状況だった。そのためにこの小説の出版が、様々な妨害と言うか、政府筋からも、そして出版界や知的インテリ層全体から拒絶されたこと、とにかく出版してくれる出版社がなかったことへの怒り、いらだちをつづったものが「報道の自由:『動物農場』序文案」なのである。
最近の(プーチン政権ロシアに対する)イギリスの強硬な「反ロシア」世論を考えると、想像もできないのだが、当時のイギリスの社会、特に知的インテリたちというのが、スターリンのこと、ソ連のことを「批判してはいけないもの」と扱っていたこと、しかも、スターリンのプロパガンダをまるまる信じていた人も多かったこと、つまりはスターリンのソ連に好意的だったこと。「序文案」はそれに対するオーウェルの怒り爆発の文章なのである。
こういうのは、本当にすこし時代が下ると忘れられてしまうというか、信じられなくなるのだが、例えば、今の日本からは信じられないが、1960年前半ころ、「金日成・北朝鮮の社会主義体制は農業でも工業でも生産力で(韓国に対して)圧倒的に大成功していて、社会主義による地上の楽園が実現されている」みたいな北朝鮮プロパガンダを、岩波や朝日などリベラルな主要メディアまで素直に信じてしまい、そういう報道をしていた時代があったようである。僕が生まれる前のことなので、それこそリアルタイムでは知らないのだが。(実際、当時は韓国も朝鮮戦争後遺症の悲惨な状況だったので、統計などで比較しても比較すれば北朝鮮の方が事実豊かだった時代ではあったようだ。統計の信憑性はあれど。)なんか、あれに似たような感じで、「スターリンのプロパガンダ」をそのまま信じて肯定的に受け入れる空気が、1944年当時のイギリス・インテリ界隈にあったんだなあ、ということがうかがい知れる。今となっては信じがたいけれど。
その上で、本書が広く受け入れられるようになったのは、戦後冷戦時代になり、一転して、アメリカが(CIAまで)、反・ソ連、反・共産主義のための格好の本ということで、アメリカは世界中にこの本を広めていくという時代・国際政治環境の変化があった。CIAが映画化権を買い取ってアニメ化された、というような経緯も山形さんは解説してくれる。
「スターリン時代のソ連共産主義批判」の寓話として書かれたのがこの小説なので、ソ連共産党の歴史と、この本が書かれた当時のイギリスとソ連の関係について、そして冷戦時代にどのようにこの本が反共の本としてアメリカCIAに利用されていった経緯。巻末付録のふたつの文章と山形さん解説による、この小説成立と受容変化の特異な変遷記述解説は、それ自体が小説のように面白いのである。
こうした、この小説の成り立ちから受容普及の歴史を全体として正確に把握した上で、さらにその現代的意味、どこまでその批判の射程を広げて読むことができるか、というようなあたりを山形さんのあとがきはとても上手に書いているのである。
というわけで、小説それ自体も面白かったけれど、後ろについている3つの文章がとても読み応えがあるので、『動物農場』、どこの文庫で、何で読もうかなあという人には、この (ハヤカワepi文庫) 山形浩生 (翻訳)版をお勧めするのである。
小説それ自体も、なかなかほんとに面白かったぞ。