イラン映画に誘われて 世界を広げる作品たち
イラン映画界の巨匠アッバス・キアロスタミ(1940-2016)の映画を見た途端、その芸術性の高さ、言葉と映像の端々に込められた哲学と詩にあっという間に魅了されました。初めて見たのは『風が吹くまま』(1999)でした。珍しい葬儀をするというクルド民族の住む小さな村にテレビクルーが訪れが、思うように撮影が進まず…。坂を転がるリンゴや裏返った亀、詩的な描写。それにフレームインしていない人たちのセリフがとても印象的で今でも思い出します。
僕はキアロスタミの映画は化学調味料の入っていない料理だ、と表現をしたことがあります。映画館で目にする映画の多くは、過激な演出や効果音が使われて、スリルや感動を狙ったものが多いと感じています。それらはある意味、味を濃く、中毒性の高い化学調味がふんだんに使われているのだと感じます。
一方でキアロスタミの映画は、心や人間の本質に迫る言葉や人生を見せてくれるような作品でした。そうしてイラン映画に誘われるように作品を見始めました。詩的でありながら、てらいのない素朴さや、厳しいイラン政府の検閲にさらされながらも、比喩的に描写したり、豊かな人間関係を鮮やかに描く作品たちは本当に素晴らしいものです。
そうしているうちに一冊の本に出会いました。イランと日本のふたつの文化に橋渡しをした、ショーレ・ゴルパリアンというひとりのイラン人女性の半生記を書いた本です。
彼女の壮絶な人生はもちろんのとこ、クスッと笑ってしまうユニークな言葉やエピソードが非常に良かったです。世界はもちろん、イランでも黒澤明や小津安二郎は尊敬されたり研究している監督がいたり、イランでは国営放送で『おしん』や『水戸黄門』が人気の理由に、イランと日本の価値観が近い、などなど日本にいては知ることのなかった事情などもおもしろ話。映画の舞台裏で巻き起こる壮絶さや、人々の映画に向き合う姿勢、ぶつかり合う個性など、読んでて本当におもしろかったです。
「イラン映画ってどんなの?」と思う方には、ぜひキアロスタミをおすすめします。日本との合作映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』なども作られていたり、きっかけはたくさんあります。そしてその作品や文化のひとつひとつを感じられるのがショーレ・ゴルパリアンさんの『映画の旅人 イランから日本へ』(2021)みすず書房出版、でした。
最後に、キアロスタミの『オリーブの林を抜けて』(1994)のエンディングに使われていたスイスのオーボエ奏者ハインツ・ホリガー(Heinz Holliger) の曲がとても良かったので、聞いてみてください。物語の結末をつくるのは観る側の我々のだ、というキアロスタミからのメッセージが込められていました。
それではまた。