【育児】小4息子の「美人」の定義が恐ろしい、という話。
我が家では猫を飼っている。
アメリカンショートヘア……っぽい顔立ちをしたオス猫で、息子が生後半年ぐらいの時期に、どこからともなく我が家の庭に沸いて出たため、以後息子の弟とも兄とも呼べるポジションに収まっている。名前は「オセロ」、背中が黒くてお腹が白く、手足や尻尾はサバトラっぽい。
このオセロを飼うより前のことだが、私は「ノルウェージャンフォレストキャットを飼いたい」という夢を持っていた時期があった。
ノルウェージャンフォレストキャットは、この記事でお借りしている画像のような、もっふもふで非常に大柄の、実に高貴な猫だ。
近所のホームセンターのペットコーナーに、このもふもふな子猫がいた。値段にビビって躊躇っている内に、自宅に色んな猫がわらわら出現するようになってしまったために渋々諦めたのだが、いつかノルウェージャンフォレストキャットを飼うという野望を果たしてみたいものである。
――という話を昨夜息子にしていた。
息子が「のるうぇー……どんな猫ぽよ?」というので、「大きくてもっふもふの、超美人な猫なんだよ!!」と力説していたら、息子からとんでもない発言が飛び出した。
「ママみたいに美人な猫ぽよ?」
ファッ!?
待て。ちょっと待て。
なんだその世界線。
「え、えっとノルウェージャンフォレストキャットはね、ほらこういう猫で……」
しどろもどろになりながら、咄嗟に画像を検索して時間を稼いだものの、あまりの衝撃に動揺を隠せない。
美人。
美人、っていうのはアレである。女優さんとかモデルさんみたいな、ノルウェージャンフォレストキャットみたいな美しい人の事だ。
で、私はアラフォーまで美人と言われたことはなく生きてきている。夫の言によれば似ている動物は「レッサーパンダ」で、断じてノルウェージャンフォレストキャットではない。
息子の美に対する概念が間違っているのか、あるいは伝説として聞いたことがある「お母さん=世界一美人だと信じる子供」の状態に陥っているが故に起きたバグか。そっちか、そっちだなきっと。
息子が私を美人だと信じてくれている気持ちは有り難いが、外で言わないように注意喚起はしておくのが、せめてもの親の責務というものだろう。
「ええっと……それで、ママを美人だと思ってくれてるのは非常に嬉しいし有難いんだけれども、それは他の人に言っても伝わらないから気をつけてね?」
こんな感じで言えば息子にも分かるだろうか。
息子の「ママは美人」信仰を壊すのは忍びないが、世間一般の常識と離れすぎるのは心配だし怖いし、うっかり外でそんな自慢をしてしまって「えー、息子君のママ、美人って言ってたけどアレなの?」的な目線を同級生に向けられでもしたら息子も気の毒だし、何より私のメンタルが大損害である。
これで伝わると良いのだが……
「なんで?ママは美人ぽよ!」
伝わらなかったーーーー!!!
しかもあっさりと、何の気負いもなく、歴代彼氏の口説き文句ランキングをぶっちぎりで軽々と超えてきやがったーーーーー!!
「そ、、、、そうか、ありがとう……」
純真無垢にキョトンとしている息子に胸の痛みを覚えつつ、ひとまず私は息子の頭を撫でてその話を終わりにした。
気持ちは嬉しい。
気持ちは嬉しいが、あまりに息子の「美人」の概念が心配すぎて不安しかない。
「うちの子は世界一可愛い」病の存在は知っているし、心情的にもそこは分かるのだが、子供から親を見てもそう思うものなのか。
――あー、いや、思うかもしれないな。私も確かに、母を不美人だと思ったことはない。
美人かと言われると疑問だが、でもそうか、幼少期の母のイメージを重ねてしまうが故に「背の高い美人」を苦手だと思っている私は、ガッツリと母を「美人」に分類していることになる。美人の基準を母親に置いてしまう現象はあるのか、なるほど。
「お前の母ちゃんデベソ」が悪口として古今東西通用するのは、つまりはそういうことなのだろう。まぁ、納得は出来た。
息子の世界観の中での美人代表をやるって、罪悪感が凄いけど。
となると、「美人」らしくなる努力を多少はすべきなのだろうか。肌に合う化粧水の一つも発見できずに生きている私は、365日肌に絶食させっぱなしだし、夏になってから着ているものはと言えば、常時ユニクロのハーフパンツにTシャツ、外出時はしまむらのジーンズに履き替えるだけである。
所詮人間の顔なんて皮一枚の話に過ぎず、剥がせば誰でも等しく肉の塊だ、という雑な悟りの元に女子力を投げ捨てて怠惰に過ごして来ているが、しかし息子が将来「この人は美人だ」と信じる誰かが、ことごとく世間の常識を蹴り飛ばした私のような女性しかいないなんてことになったら……
アリか?アリっちゃアリか。
個人的には仲良くなれそうだから良い気もするが、選択肢が狭まるのもどうかと思うんだよな。
うーーーん?でもこの間「この人は可愛いぽよ!」と言ってたゲーム実況者の女性は、私目線でもごく常識的な意味での可愛い系女子だったし、別に関係ないのか?分からんぞ??
そんな混乱に陥った私は、ネットゲーム内の友人(同じくアラフォー・男性・二人の子持ち)にかくかくしかじかと経緯を説明し、意見を聞いてみた。
「あー、あるある。ママと結婚する!とか言う子は普通にいるでしょ、俺も子供の頃はそう思ってたし。大丈夫そんなもんよw微笑ましいじゃんww」
世界は広い。
「ママは世界一美人!と信じる子供」に加え、「大きくなったらママと結婚する!と言い張る子供」もまた、本当に実在していたらしい。
ほえぇぇぇ、である。息子は私と結婚するという発言をしたことはないし、私を美人だと誉めてくれたのも今回が初めてだが、そういう表現をするタイミングにバラツキがあるだけで、基本的にはそう思っているのがナチュラル……という世界線で生きている人たちも、ちゃんと存在するようだ。
これが毒親育ちと、そうでない人間の差か?
あれ、っていうか美人って息子に言われて素直に喜べないのって、私の方の意識がまた「ネガティブな感情を発生させてブレーキをかける」を実行してしまっているのか??
難しいな「素直に喜んで終わりにする」って!!
――と、とりあえず。
「息子は私の小さな彼氏」なんて意識を持つ予定はないけれど、息子がうっかり外で「ぼくのママは美人!」発言をしてしまった場合の落差をなるべく小さくするために、学校などに行くシーンでは多少は見た目に気を払うべきなのかもしれない。
女性は誉められて美人になる、と聞いたことはあるけれど。
子供の発言でカーチャンが美しくなるなんて現象も、世の中にはあるのだろう、きっと。
「ノルウェージャンフォレストキャットのような美人」になるのは到底無理だが、レッサーパンダなりにちょっとは盛ってみよう。
だが頼むから、所詮はレッサーパンダなのだから、お願いだからあんまりハードル上げてくれるなよ、息子……!!