物語『いつもご機嫌! ~ゲームを楽しむように毎日を生きる~』
「常に機嫌の良い状態でいられる方法」がある! それは、ゲームをプレーするかのように毎日を生きていくこと! 知恵を働かせて、数々の障害をクリアしていくことを楽しむ。結果なんか、期待しない。『ただ楽しむということを目的にして生きる』。脱力! がんばりすぎない。すると、笑顔のハッピーライフ!
旭ヶ丘町のまん中に西山池という大きな池がありました。その池には、一匹の亀と、三十匹の鯉が住んでいました。
亀の名前は万吉といいました。万吉は心配事など全くないように、いつも笑顔でスイスイと泳いでいました。
真っ赤な鯉のヒロシは、万吉を見つけると、万吉に向かって泳いで行きました。
ヒロシは万吉に言いました。
「ねえ、万吉君。君はいつもニコニコしていて、全く悩みがないようだね。どうしたら君みたいに心安らかに生きられるのか、教えてくれないか。お願いします」
そう言って、ヒロシは万吉に頭を下げました。
万吉はヒロシの方を向いて、尋ねました。
「やあ、ヒロシ君。僕にそんなことを聞いて来るっていうことは、君は何かつらいことがあるみたいだね」
「そうなんだ。僕はいつも心配でたまらないんだ。僕はついつい不安になってしまうんだ、『仕事がうまく行かなくて、上司やクライエントから怒鳴られてしまうんじゃないか』とか、『仕事でまた失敗してしまうんじゃないか』とか・・・。それで何事であれ、ぐずぐずと決断を延ばして、慎重に慎重に行動してしまうんだ」
「未来のことで不安になってしまうんだね」
「うん。でも、それだけじゃない。過去にやった仕事のことでも『大丈夫だったのかな』と不安になるんだ。それで、自分でもバカバカしいと思いながらも他人に確認したり問い合わせしたりしてしまうんだ。それから、自分のこれまでの人生を常に振り返って反省してしまうんだ」
万吉はうなずいた。
「大変だね」
「それだけじゃない。最近はこの池の水の汚れが気になってしかたないんだ。こんな汚い池の中から抜け出して、もっときれいな池に引っ越したいんだ」
「ふーん」
「それにこの池に住んでいる鯉たちがイヤでイヤでたまらないんだ。自分さえ良ければいい奴ばかりで、僕に向かって怒鳴り散らしてくるんだ」
「へーっ! それってイジメだね」
「パワハラだよ。こんな状況があるなんて、どう考えても異常だよ。なぜ僕だけこんなに苦しまなくてはいけないんだ? 僕は早くこの池から脱出したい。それが無理なら、死んでしまいたい!」
「そんなに苦しんでいるんだ・・・」
「僕はどうしたらいいと思う、万吉君?」
万吉は両手と両足をバタバタと動かしながら、考えました。
そして、万吉はヒロシに向かって言いました。
「ヒロシ。まず、今の状況に対する考え方を根本的に変えるんだ。『今の状況は、あるべきじゃない』なんて考えているだろう? ダメだ。現状はすぐには変わらないんだ。現状を受け入れて、そこから出発するしかない。そのためには、『まあ、仕方ないか』と断念するんだ。自分の希望を捨ててしまうんだ」
「だけど、世の中には僕よりもっと恵まれた鯉がたくさんいるだろう? なぜ僕だけこんなに苦しまなくてはいけないんだ?」
「ヒロシ。自分の毎日の生活を『理想や完璧なものに変えていこう』なんて期待を持ってはダメだ。良い意味で諦めるんだ。受け入れるんだ。変えられないものを変えようとするなんて、無理なんだよ」
「理想が高すぎるってことかい?」
「そうだよ。多くを望めば、失望も多いんだ。多くを望みすぎないって大切だよ。自分の欲望・・・心をコントロールするんだ。怒りや悲しみなどで心が波立つことがないようにするんだ」
「心って見えないだろ? 見えないものをコントロールするなんて、できないよ」
万吉はしばらく目を閉じて考えてから、言いました。
「そうだ! 自分の毎日の生活を『ゲーム』だと思うんだ。そうすれば、すべてうまく行く!」
「ゲーム?」
「そうだ。『ゲーム』だよ。あるいは、『スポーツ』と考えてもいい」
「どういうこと?」
「『ゲーム』でも『スポーツ』でも制限や障害があって当たり前だろう? 何の苦労もない『ゲーム』や『スポーツ』なんてあるはずないんだ。いやむしろ、制限や障害や苦労のある状況がなければ、楽しむことはできないんだ。『自分の毎日の生活はゲームなのだ』とか、『生きていくことはスポーツなんだ』と思い込むんだ。そして、劣勢な状況を跳ね返して障害をクリアして、自分の目標を達成しようと果敢にチャレンジしていくんだ」
ヒロシは言いました。
「忙しすぎる仕事は嫌だし、パワハラ上司やモラハラ同僚やモンスターなクレーマーはたまらない」
「それを嫌がるのではなく、いかに撃退してつぶしていけるかを楽しむんだ」
「楽しむ?」
「そうだ。怠惰に生きるんだ。肩の力を抜いて楽に生きるんだ。神経症的な同僚やクライエントをよく観察し、弱点を把握し、いかに対応すればクリアできるかという作戦を見つけ出し、ノックダウンさせるんだ。この仕事もこの人生もいつか『ゲームオーバー』の時がやって来る。それまで存分に楽しむんだ。知恵を働かせて、お前の底力を見せつけるんだ。敵はお前の忍耐力やパワーを増強させてくれる」
ヒロシは口をポカンと開けた。
「僕は今まで現状を嫌がってばかりだったけど、今の状況を楽しめばいいんだな」
「目の前の敵や困った状況を知恵を働かせて、やっつけることを楽しむんだ。全力で戦いさえすれば、それでいいんだよ。ゲームに勝とうが負けようが・・・、結果なんかどうでもいいんだよ。ただ、楽しめば、それでいいんだよ! ゲームプレー中に結果のことを心配している暇なんてないし、心配していたら、それは負けに直結するんだ。今この瞬間にパンチを繰り出し続け、相手をやっつけるんだ。倒せそうにない難敵を、知恵を働かせて倒すことができたら、それより勝る楽しみはない。それって、人生の喜びだ」
「なるほど」
万吉はコホンと咳をした。
「もう一つの『見方』がある。自分の毎日の生活を『修行』だと捉えるんだ」
「修行? それ、どういう意味?」
「ダメだよ、こんな風に考えては。つまり、自分の毎日の生活は『苦しみなど全くない理想状況に変わっていくべきもの』だなんて考えては! 『生きることは苦しくてイヤなものなんだ』という前提を持つんだ。ゲームに必ず障害や敵がいることがあたりまえなんだ。敵もいないし、障害もない・・・では、何も面白くない。歯ごたえのない生活! ・・・毎日の生活は寺でもないし道場でもないけれど、『修行の場』だと思うんだ。つまり、職場や学校や家庭で戒律を守って道を実践していくんだ。職場や学校や家庭で自分の人間性を磨くために励み、努力していくんだ」 「万吉君。毎日が『修行』だなんて・・・、ツラすぎるよ」
「ヒロシ。毎日の生活の中に苦しくて辛い事があっても、それを『当たり前にあることだ』と捉えて、その敵や障害を乗り越えていくんだ。修行の場ではイヤなことは当然あるし、無いなんてことはありえないんだ。そして、敵や障害が感謝すべきもので、それらがあって、自分が成長変化できるんだ」
「嫌なことに感謝するか・・・」
「『こんなこと、あるべきじゃない』とエゴイズムで不満を抱いたら、頭の中のマイナス思考活動を停止するんだ」
「頭の中のマイナス思考活動を停止? そんなこと、できるわけない! 思考活動は自分でコントロールできるものではないだろう?」
万吉が頭を左右に振った。
「いいや。自分の心は訓練を長時間続けていけば、手なずけることができるんだ。目を閉じて、姿勢を整え、呼吸を整えていけば、目に見えない心をおとなしくさせることができる。落ち着きのないサルをじっとさせるようなものだ」
「マイナスの思考作用は減少させたほうがいい? そして、プラスで楽観主義的な思考はそのまま増強させていけばいい?」
「知恵を働かせるんだ。ヒロシ。お前は生きているんだぞ。生きているということは、今、お前の体の中に目に見えないエネルギーが存在しているということだ。その透明なエネルギーの偉大な知恵を働かせるんだ。そして、考えすぎない。頑張り過ぎない。苦しみすぎない。極端はダメだ。適度に考える。適度に頑張る。適度に苦しむ。しかし、『適度に』というのは、本当は至難のワザなんだけど・・・ね!」
「はい」
万吉は首を水の中に突っ込んでから、水面上に引き上げてから、ヒロシを見た。
「それから、何の根拠もなく、『大丈夫。そのうち、すべてうまく流れるようになる』と自分に語り続けるんだ。卑小な心の弱さを捨てて、立ち上がるんだ。戦え。お前の義務を果たすんだ。結果的に勝っても負けても、どちらでもいい。結果のことなんて一切考えるな。今、剣を持ち、力の限り、戦え! 敵を殺すのだ」
ヒロシは万吉を見ました。
「万吉さん。あなたの正体は一体、何なんですか?」
万吉はヒロシに向かって笑顔を見せました。その時、万吉はキラキラと光り輝いていました。
それから、万吉はドボンという音を立てて、池の奥深くもぐって行きました。
ヒロシは万吉が池の底から上ってくるのを待ちました。しかし、万吉が水面に上ってくることはありませんでした。