■あらすじ(※結末のネタバレを含みます)■1話 都会から遠く離れたこの島が、もし何か『一番』を取れるとするならば。 ひとつ挙げるとするならば、桜の開花の速さだろう。 新年の訪れと共に咲いた寒緋桜はあっという間に花を落とし、校庭にはでいごの紅い花が咲き乱れていた。 「ふあ……」 先刻から長いばかりの校長の話に、俺――豊里 隼太(とよさと はやた)は思わず大きなあくびをこぼす。 (今週のバイト、フルで入れるんじゃなかったな……) 翌日が新学期であることに気付いたの
『華谷くんがアメリカ行ったのって、吉野くんのせいなんだって』 『そんなに楽器だけに打ち込みたいなら、吉野くんが留学すれば良かったのにね』 『俺の最推しはなーちゃんだし?』 『七斗、ごめんね』 女子たちが話していた噂話と、華谷がこれまでに発した言葉。あれから何度も思い返しては、そのたびに頭の中が混乱している。 あれだけ思わせぶりなことを言っておいて、実は華谷は俺のことを嫌っているのかもしれないということ。 詳細は分からないけれど、少なくとも俺のせいで、華谷は海外へ行く
人気のない体育館裏で、なぜか俺は名前も知らない一年の女子生徒と向き合っている。 「あの……これ、華谷先輩に渡していただけませんかっ!?」 頬を真っ赤に紅潮させた女子が、ずい、と花柄の封筒を差し出した瞬間――ほら来た、と俺の嫌な予感は的中した。 「このご時世に手紙か……なかなか古風だな」 「すみません……私ができるのはこのくらいしかなくて……」 「華谷に直接渡せばいいのに。人づてなんて、本人に渡さない可能性だってあるだろ」 「そんなことありません! 吹奏楽部の部長で、
ターミナル駅のショッピングセンターにある楽器店は、休日なこともありそこそこの賑わいだった。 店内の一角で、俺は華谷の買い物に付き合わされている。 「リードなんて、いつも使ってるのがあるなら通販でまとめて買えばいいだろ」 「高校生だからクレカ持ってませーん」 「そこは何とかなるだろ……親に頼むとかして」 『デート』と言うから身構えていれば、連れて行かれたのは普段から行き慣れている場所で拍子抜けしてしまう。 これはデートと言うよりも、単なる華谷の買い物の付き添いのよう
「なーちゃん、覚えてない? 中学の頃のこと。あの時だって、たくさんのお客さんが俺たちの演奏を楽しみにしてた」 「っ……」 暗闇をまっすぐに照らすスポットライト。 眩い光の反射で、きらきらと宝石のように輝く楽器たち。 客席から立ち上がり、割れんばかりの拍手を送る人々の笑顔。 心の奥の奥にしまい込んでいた記憶の箱が、華谷によって無理矢理こじ開けられそうになる。 (……やめろ) 当時の記憶は久しぶりに思い出すにはあまりにも眩しくて、俺は脳内に広がる美しい景色をかき
窓際から差し込む温かい陽射しに、思わず零れそうになったあくびをこらえる。 子守歌のようにのんびりとした口調で話す英語教師は、チョークの手を止めてくるりとこちらを振り返った。 「――じゃあ、この文章の音読を華谷くん」 隣の列を挟んで斜め前、退屈そうに頬杖をついていた男はゆっくりと立ち上がる。 「”I asked her out on a date yesterday, but she declined.”」 低い声で紡がれる流暢な英語に、教室内の女子からは声にな
■あらすじ(※結末のネタバレを含みます)■1話 全国大会に進めない金賞、通称『ダメ金』で涙をのんだコンクールから、数週間が経つ。 「それでは、新しい部長を発表します」 ――秋。 祝央(しゅくおう)大学付属高等学校吹奏楽部にとっての、新たな始まりの季節。 あと何日かで九月を迎えるというのに、相変わらず外は暑いままだ。 クーラーをガンガンにきかせた部室で、引退の日を迎えた三年生の部長が手元のノートに書かれた文字を読み上げた。 「次年度の部長は――トランペットパート
中間考査が終わり、夏休みを控えた校内は既に休暇を迎えたかのような騒がしさだ。 「うるせー……動物園かよ」 やれ内地へ遊びに行くだの、彼女と北部の水族館へ行くだの、リア充たちは元気なもので。高二ということもあってか受験勉強前の青春を思い切り謳歌すべく、夏休みの訪れを心待ちにしているようだ。 昇降口へ向かう生徒の波に逆らうように、ひとり図書室へ向かう。 ガラリとドアを開ければ、カウンターでノートパソコンを開いていた天沢が「豊里くん!」と驚いた表情で顔を上げた。 「
泡盛で潰れたイケメンとバイトをバックレた高校生を乗せたタクシーが停まったのは、とても交通の便が良いとは言えない場所にある、古めいた平屋の戸建ての前だった。 スマホで乗車料金を払い、俺は再び酔っぱらいを引きずってタクシーを降りる。 (表札、『天沢』になってる……) 天沢が告げた住所が誤っていて不法侵入にならないよう、警戒しながら玄関口へ向かう。 「先生、鍵開けますけど。どこ?」 「んー」 ナマケモノのように背後から両腕を回して自分にぶら下がる彼は、既に会話に反応
幼少期からたったひとりの『おにい』に抱いてきた想いが『恋』であることに気付いたのは、中学一年生の時だった。 近所に住んでいた、自分より六つほど年上の『大樹(ひろき)おにい』。 空手が強くて、小さい子供のあしらいも上手。 いつも朗らかで面倒見の良い性格から、島中の人々から好かれていて。 まだ幼かった自分にとっても、紛れもなく『おにい』は憧れの存在だった。 ――目を閉じれば、生まれ育った島の風景が頭の中に蘇る。 今暮らしている島よりもさらに美しい海がある、あの
沖縄の雨は容赦ない。 ただでさえ憂鬱な月曜日にも関わらず、外は朝から派手なカタブイが降り続いていた。 そしてこんなに天気が悪い日は、なぜか良くないことが立て続けに起こるもので―― 「せんせぇ、彼女いるねー?」 大粒の雨が、古い校舎に容赦なく打ち付ける中。 図書室の中から聞こえた女子特有の猫なで声に、どくん、と心臓が不穏な音を立てる。 今日は放課後おじいのいる市場に用があるからと、昼休みに図書室を訪れればこのザマだ。誰かに見られていないことを確認してから、俺は吸
一年生の頃に比べると、登校する日が明らかに増えた。 毎晩遅くまでバイトをして疲れているのに、近頃は翌朝になるとなぜか登校時間に合せて目が覚めてしまう。 わざわざ制服に着替えて大して面白くもない授業を受けに行くなんて、相変わらず面倒なことこの上なかったけれど。 素直に高校に通っている理由と言えば―― (……あいつに会えるかもしれないから?) そう考えた瞬間、うげ、と自分の女々しさに胸やけのような感覚を覚える。 だってそんなの、まるで片想いにふける女子高生みたい
名前:播磨つな フリーランスライターとして活動後、2020年にシナリオ制作プロダクション・株式会社エレファンテに所属。その後、2022年に再びフリーランスへ。 現在は某旅行メディアのディレクターをしつつ、シナリオ方面でもライターとして活動しております。 ▼できること ・シナリオライティング全般(女性向け・男性向け) ・プロット及びキャラクター制作全般 ・シナリオディレクション業務全般 ・WEBメディア記事のライティング、ディレクション、WordPress業務(シナリオとはあ