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多読のススメ。

たくさん本を読んでおいてよかったなあ、と思う。

私はとても忘れっぽい。
部屋のもよう替えをしたら、必ず、何をどこにしまったのか忘れてしまう。
ハンカチや靴下、秋物のシャツ、お気に入りのネックレス。
たいてい、欲しいと思う時には見つからない。

それなのに、読んだ本の内容だけはなぜか覚えている。
覚えている、というか、欲しい時にちゃんと思い出せるのだ。

それは、たいてい小説以外の本を読んでいる時にやってくる。

超文系な私だけど、知りたいことは山ほどあって、本屋さんや図書館に行くと、門外漢とはわかっていながら難しそうな本に手を出してしまう。

見たこと、聞いたことのない用語の並んだページを前に、私はひるむ。

やばい、さっぱりわからない。
ああ、なんだろう、この疎外感。
私、たぶんこの本を読み切れない気がする・・・。

そんなふうに弱気になっていると、これまで読んできた本の言葉が、ふっと頭に浮かんでくるのである。

いや、待てよ。
これって、もしかしてあの時読んだ本と同じことを言ってるんじゃない?
あ、そうか、この現象ってべつに特別なことじゃないんだ!
あの本に書いてあったことと同じなんだ!
んもー、なんでわざわざこんな用語使うのよー。
もっと文系にも優しい言葉で説明してちょうだいよー。

そうやって、過去の本たちが、別の分野を知るカギになってくれる。

さながら、脳内応援団だ。
くじけそうなとき、泣きそうなとき、さっと現れてエールを送ってくれる。
「大丈夫! 俺たちがいるから安心して先に進めよ!」
そう言って、背中を押してくれている気がする。

今回、私はまたちょっと背伸びな本を読んでみた。
『客観性の落とし穴』(村上靖彦 著 ちくまプリマ―新書)
ちくまプリマ―新書は、おもに学生向けなのだが、門外漢にはちと難しいのである。

なんにでも客観性を求めるようになった現状に、異議を申し立てる一冊だ。

誤読している可能性は否めないが、以下は私が読みながらとったメモ。

客観とは、個々の事象を数字に置き換えてとらえること。
つまり、個性、個人を物質としてとらえること。
個を尊重することは、共感であり、優しさであり、思いやり。
では、その真逆を行く客観とは・・・? 

ここで、以前読んだある本のことが思い出された。
『ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する―』
(ジョナサン・ゴットシャル著 月谷真紀訳 東洋経済新報社)
マーケティングにストーリーが多用されるようになったが、それに感情移入しすぎると物事を正しく判断する客観性を失う。
というような論旨の一冊だったと思う。

この本を読んだ後、なんとなくモヤモヤが残った。
感情移入ってそんなに悪いことかな? 
んー、たしかに客観性は大事だよね。
ニュースにそれがなかったら世界は大混乱しちゃうよね。
でも。でも、それって何かを黙殺している気がするんだよなぁ。

誰の経験が深刻で、誰の経験はましだ、というような比較はなりたたない。
誰もがそれぞれの困難と、それぞれの状況へと応答する力を持っている。

『客観性の落とし穴』145ページ

個別的経験を尊重することは、あらゆる人を尊重することを意味する。

『客観性の落とし穴』148ページ

これだ、と思った。
『ストーリーが世界を滅ぼす』に感じていたモヤモヤの正体は、これなのだ。客観性が行き過ぎると、人権が奪われる。

そこでまた、別の本が思い出される。
『顔をあげて。そばにおるで。 ~尼崎市の就労促進相談員の仕事~』
(林美佐子 著 メタモル出版)
副題の通り、尼崎市の就労促進相談員のお仕事ノンフィクションだ。
就労促進相談員とは、
生活保護受給者のうち、就労可能でありながら働けていない人の就労を支援する専門職(本書帯より)。
相談員として働く「みさ姉」こと、林美佐子さんの、真摯で、情熱的なお仕事ぶりが描かれている。

相談者は、さまざまだ。
元ヤクザだったり、元ホストだったり、10代のシングルマザーだったり。
生活保護を受けているとなると、
「自堕落」とか「意志が弱い」とか、マイナスなイメージでひとくくりにしがちだ。

でも、みさ姉はひとつにくくらない。
一人ひとりの事情に寄り添って、とことん寄り添う。

17歳の男の子が「ホストになって稼ぐんだ」と息巻くのを、頭ごなしに否定したりしない。
「ちゃんと語れる夢があるなんてすごいこと」。
そう、認めてくれるのだ。そして、ホストになるには何が必要で、何が足りないのか、自分で考えるように促してくれる。

それが、とてもうれしかった。
自分のことのように、いいな、と思えた。

読み終えたばかりのころ、それがどういう感情なのかよくわからなかったけれど。
『客観性の落とし穴』を読んで、わかった。

ああ、これこそが「客観性に立ち向かう」ってことなんだな、と。
私は、たぶん、客観性に飲み込まれたくないんだな、と。

客観性に押しつぶされた、小さな個人の声。
私は、そこにこそ生きる意味があるように思う。
一人ひとりの、人生という物語。
ストーリーに満ち溢れているからこそ、私は本が好きだ。
私は、本が大好きだ。

ああ。
やっぱり、本はいろんなものを、できるだけたくさん多く読んでおくといい。そうすると、こうやって、本が別の本の理解を助けてくれる。
読めば読むほど、私という人間がわかるようになる。

本は、肥しだ。
私を豊かにする、肥料。
たくさん読めば読んだだけ、私は豊穣になる。
天高く馬肥える秋。
私はこの秋も、読書で内面を肥やすことにする。







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カタクリタマコ
最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。

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