読書感想『とわの庭』小川 糸
目が見えない女の子・とわ。
とわの世界は、お母さんと暮らす家とその庭がすべてだった。
大好きなお母さんは言葉や物語を、香り豊かな庭の植物たちは四季の移ろいを、クロウタドリの合唱団が朝の訪れを教えてくれる。
お母さんと二人、満ち足りて暮らしていたはずなのに、ある時からお母さんはとわを置いて仕事に出かけるようになってしまい、徐々にその生活が崩れていく。
濃密な時間が薄れ、徐々に家の中にごみが溢れ、そしてついにお母さんはいなくなってしまった…。
目が見えず、家の中に取り残されたとわの人生をつづる長編小説。
久しぶりに再読したんだが、やっぱり僕はこの本とても好きだ。
あらすじだけで受ける印象と、本の中で広がる世界にとんでもない落差のある一冊である。
序盤、まだ幼い、目の見えないとわと彼女を慈しむお母さんとの日々が鮮やかに展開する。
とわの目線で語られる日々は、暗闇の中とは思えないほど彩に満ち、お母さんへの愛と日々への幸せで満ちている。
ただ読んでる僕らには、とわの幸せそうな日々にとんでもない違和感と狂気を感じるのも事実なのである。
目の見えない少女が、お母さんと二人…彼女の世界がそれだけで構成されていることが、どんなに美しく彩られた文章でもまともな人間であれば気持ち悪さを感じるだろう。
そしてとわが成長するにつれてその狂気はどんどん強くなり、ついにお母さんはとわを置いていなくなるのである。
滅茶苦茶…滅茶苦茶怖い…。
いや、マジで序盤、文章が柔らかく優しいだけに狂気が際立ってどんなホラー小説よりも怖い。怖すぎる。
家に一人残されたとわが独り耐え続ける描写も絶望しかなくて、えげつない本を読み始めてしまった…と後悔するレベルである。
ただ、この本は、とわがそこから踏み出し、きちんと世界とつながっていく後編が待っているのである。
常人から見て異常でしかないが、とわのお母さんにはもともとちゃんと愛情があり、とわを彼女なりに大切にしていたことは間違いがない。
結果、とわはとてもまっすぐで優しく、そして芯のある人に育ったのである。
暗闇の中で生きているとは思えないほど彼女の世界は彩あふれ、嗅覚や触覚で感じる世界はどこまでも鮮やかだ。
そして彼女は自分の出会いに感謝し、他者を愛し、自分を取り巻くものすべてを慈しみ、自力で歩いていくのである。
いや、はっきり言ってとわの存在はおとぎ話でしかないとも思う、人はこんな風に優しくできてない。
他にもいろいろ、話の筋に無理がある部分もある、でも、そんなことは全部承知の上で、僕はこの本めちゃくちゃ好き。
何があっても前を向くとわが、自分の身に降りかかったことを恨むわけでも誰かを呪うわけでもなく、自分の現状を好転させてくれた人々を愛し、感謝し、いろんなことを理解しながらただ静かに前に踏みだしていく姿がとんでもなく愛おしい。
いろんな本を読むのだけれど、たまにつくづく思うのだ。
作り物世界でくらい、優しさだけで構成されててもいいじゃないか、と。
そこにリアリティがなくとも、純度100パーセント作り物の優しさでも、その優しさで満たされたいときもあるのである。
事件の話も、悪党の話も、絶望の話も全部好きで読むけれど、時にはこんな風にやさしさだけの世界に浸りたい時もあるのである。
はっきり言ってこれはおとぎ話である。でも、これは極上のおとぎ話だ。
とわのようにはとてもなれないが、この本を愛おしく思える感性は持ち続けたいと思う一冊である。
こんな本もオススメ
・津村記久子『水車小屋のネネ』
・柚木 麻子『本屋さんのダイアナ』
・吉田修一『永遠と横道世之介』
登場人物がどうしようもなく愛おしい本ってあるよね…